国際協力サロン-Together 国際協力サロン-Togetherトップページへ   日本語English
当サロンの設立について運営・利用・予約状況について連絡先・所在地 メールで問い合わせる
サロン便り-シリーズ 5(第41〜最新号)
2012.04.22   サロン便り第50号
pdf
(146KB)
   
  前回記した「社会保障と税の一体改革」。民主党内でさえ異論、反論が収まらず、4月に入っても先行き不透明感が一向に消えません。「一体改革」といいながら、もっぱら消費増税が先行、突出し、社会保障の改革や内容の議論はタナ上げ同然です。どうなるんでしょう、私たち国民の社会保障のゆくえは?−この?マークはこれからも続きそうです。

さて今回は、私の「中間レポート」の続きとはいえ、まったく新しい話です。
  それは、現政権が、消費増税の「見返り」に政府も「身を削る」と言明したことに端を発します。大いに疑問があるからです。本気で「身を削る」ならば、各政党が貴重な国税から、まるでくすねるかのように積算して山分けしている「政党助成金」!−それになぜ触れないか。その削減、いや、この際きっぱり全廃を考えるべき等々、どうして一言も触れないのでしょう?
  日本の政治、政党のあり方に関わる由々しい問題ではないかと考えます。「政党助成金」→「政党交付金」ってご存知ですか?−まず、私の考えを記しながら、成り立ちの概略をお話しします。

そもそも国の助成金、補助金とは何でしょう?−私の考え、というより常識的に、国が法規にのっとって行う数々の事業を対象に、その事業を計画し実行するにあたり、関係団体・事業体を選定し予算計上していくべきものではないか。現に民主党政権は、その発足当初から、予算の点検、見直し、行政改革を積極化し、事業費が適正、合理的に活用されているか、「仕分け」の会議を公開で繰り返し聞きました。その実況がテレビで放映され、蓮舫議員の動きが際立って有名にさえなりました。昨今やや下火に見えますが、折々開かれていても、自分たちの政党への助成金は、取り上げられる気配がありません。「聖域」の一つでもあるかのように。

日本の政党の歴史を特に勉強して述べているわけでなく、ごく一般的な理解としていうと;−近代国家の成立にあたって自由民権運動が広がり、時の政府の圧迫を受けながらも、保守や中道や労農などの諸政党ができて議会活動を始めたのでした。太平洋戦争が終わった後は、軍国主義権力から弾圧を受けてきた日本共産党が合法化され、参議院に学者、文人が高位当選し、創価学会が宗教政党を立ち上げ等々、多種多様な政党活動が進められてきました。
  政党って、これも常識的に、政治上の主義・主張を同じくする人たちが組織し、その主義・主張を実現するために、政策の形成、権力の獲得、あるいは議会の運営などの活動を行う団体、と考えます。もともと国が奨励したり補助したりではない。同じ主義・主張の同志たちが、みずから資金を集め、あるいは浄財を募って、自立して組織してこそ、政党といえるのではないかと思います。
  それが今は、国民の税金を当てにして、毎年12月末が近づくと、同志を集め、翌年1月1日に在籍者の数合わせをしてリストを作り、しかるべき手続きをすれば助成金が使えるという、国税頼りの駆け込み立党現象が目につきます。昨年末もそんな動きが顕著でした。

いつから、そうなったのでしょう。1990年代に入って政治改革論議で浮上し、大企業や労組、団体などから政党への政治献金を制限する代償として1994年に問題の「政党助成法」ができたそうです。80年代末から90年代半ばにかけ、海外在勤、海外出張が続いた私は、ちょうどその時期が重なったせいで、問題の経緯、経過への注意や関心が削がれていたようです。
  発効20年近くにもなる法律、ネコの目のように動く政治ですから、当時の資料を追うのは大変です。後追いするのは容易ではないけれど、何かヒントが見つかるかと思い、この際「助成法」全文を取り寄せてみましたが…。案の定ガックリしました。趣旨・目的は、第1章第1条に正味1行だけ。「議会制民主政治における政党の機能の重要性にかんがみ、国が政党に対し交付金による助成を行う」と。特徴のない、条文です。分厚い9章50条近い全文と附則抄など関連文書は、政党の届出や助成金の手続きに尽きるといってもいいほど実務上の事柄が占めていました。
  問題の本質を理解するには、都心の本屋で取りあえず入手した『ゼロからわかる政治とカネ』(注)が役立ちました。通り一遍の解説本や学術書でなく、核心を記述した85ページほどのハンディブックが有効で、一気に通読できました。一読を勧めます。
(注)神戸学院大学大学院教授・上脇博之著。日本機関誌出版センター2010年刊。定価1,000円(税込)
  その内容を理解しながら、私が感じ考えたところを例示しますと;
  大企業、労組・団体の政治献金を制限し、その代償として国税を助成金に使う?そもそも政治献金の創始者であった大企業(順序からいうと、労組はそれに対抗し誘導されたのではないか)の献金の代償に、つまり大企業や労組の肩代わりに国税を使って政党に交付するとは、いかにも道理がなくおかしいではないか;
  助成法実現後も、大企業の総司令部ともいえる日本経団連は、各政党(実際には自民、民主の両党が主)の政策や実行の動きを比較、分析して「通信簿」と称する評価表を公表し、政治献金を主導、示唆してきました。毎年、新聞、テレビで報じられ、その上に助成→交付とは、明らかにカネの上乗せではないか。
  さらにいうと、政党助成金は、国会選挙で当選する無所属議員や、衆参両院に計5議員未満の政党は対象から外され、つまりは大政党を有利にする国税の援用で、不平等ではないか;国会選挙は候補者への投票であって、その結果にせよ、助成金の交付=国税の山分けに利用するとは、本来の目的から外れているではないか;自分はA党の支持者で100円でも200円でも支援したいのに、それができずに各党への配分とは反対だ、という種の気持ちなり意見が出てきます。政党への配分方法も、議員数割と得票数割とに分かれ複雑です。「助成法」の条文が、届出、計算など実務上の手続きに尽きると感じるはずです。

一体いくらの国税が割かれているのか。それも問題です。
  「助成法」は、第7条で、総額を、人口に250円乗じて得た額を基準として予算で定める、としています。つまりは、百歳を超すチョー高齢者から生まれたばかりの赤ちゃんまで1人250円づついただく、というわけ。計算をすると毎年300億円を超え、近年は、約320億円に上るとのこと。有権者数を基準にとか、選挙の年に限るとかの思慮もなく、どうしてこのような総額を弾き出したのでしょう?合理的な解説はどこにも見当たらず、この程度ならばという話でしょうか。政党自体も当の議員の皆さんも、おかしいと思わないか、恥ずかしくないのか。どこかに「みんなで渡れば…」の思惑を感じ取れそうです。

では、各党には、どれほどの「助成金」が「交付金」として出ているか。政治資金規制法の収支全容が公表時期でなく不詳ですので、最近のおよその状況を記しておきます。
  民主党が昨年11月に公表した2010年の収入額(前年からの繰越金を除く)は206億89百万円でした。これに対し、別の「政府交付金」資料で見る交付額は、171億05万円ですから、82.6%を占めます。
  一方、自民党も同月に2010年の収入額(同繰越金を除く)を152億30百万円と公表し、「政府交付金」が102億63百万円なので、67.4%を占めています。収入の3分の2が助成・交付金依存です。両党とも、党運営はほとんど税金で成り立っているといえそうです。
  私は、こういう国税依存を続けていると、自立心も足腰も弱くなり、政党の体力・実力が急速に衰え崩れていくだろうと考えます。由々しい問題だと述べたゆえんです。

たった1党だけですが、共産党は、交付金を受け取っていません。共産党が偉いのではなく、それが政党本来のあり方だと思います。政党は、みずから政治関連の事業を企画・実行して収入を得るよう努力をし、例えば雑誌、新聞、単行本など出版事業で稼ぐなど、知恵と工夫で収支計画を立てるべきでしょう。毎年、全政党の政治資金収支報告書が新聞、テレビで報道されますが、例年そのように事業計画を実行し、総額トップの座を占めるのが共産党ですから、他の有力政党がやってできないはずがないと思います。共産党を褒めているのではありません。政党とはこうあるべきではないか、他の各党もぜひそうあってほしいと期待しているのです。
  現・大阪市長が、新党を創って国政に選挙で挑むそうです。候補者選びを兼ねた研修会に2千人を集めたと報じられました。もし助成金に両手を出すようでは既成の大政党と同列。自立なきふがいなさを示すだけです。

政党助成金を調べながら、「政治とカネ」に困って安易な国税依存を考えたのは、日本の政党の情けなさかと嘆いていたら、イギリスにも「政党交付金」があるんですって。しかし英国の助成金の総額は、上限が200万ポンド(約2億9200万円)に固定されています。確認はしていませんが、イギリスらしく特定の活動に助成しているのではないか。また、フランスでは、政党が男女同数の候補を擁立しない場合に、平等法に基づいて政府助成を減額し、ドイツでは、政党助成金の上限が決められ、イタリアでは、93年に国民投票の結果、政党助成金を廃止したそうです。
  日本の政党助成法も、この際、早いうちに手を打たないと、政治自体が壊れ始めるのではないか。今や消費増税どころではないと憂えます。

(4月20日記。国際サブロー)

このページの先頭へ
2012.03.28   サロン便り第49号
pdf
(160KB)
   
  「社会保障と税の一体改革」−この半年余りずっと聞かされてきた言葉です。政権も与党の民主党も、平成24年度の政府予算案を3月8日に衆議院本会議で可決して後、3月末に向かって本腰入れて取り組む大問題といわれ、連日、関連の動きが続いています。
  その割には、社会の理解と反応は、あまり進んでいないように感じます。新聞・TVはもとより、さまざまな声や意見が聞こえてきます。−まず先に消費増税ありきでは納得できない;民主党の内部にさえ異論が多く具体的な内容も固まっていないではないか;消費税は庶民生活への大衆課税、反対論は根強い;自公政権以来、特に小泉時代から受益者負担の言葉がまかり通って社会保障は減らされてきたのに、大企業や富裕層の減税や格差の拡大はそのままで消費税増額を迫るのは、いかにも公平を欠く;等々。1年前に東日本大震災が起き、救援や復興にはカネが要る−そんな思いに、カンパ・寄金は惜しまず、多少の増税にも応じる雰囲気があったかもしれません。が、消費増税は、大震災とは無縁で、今後幾年も延々とつづく重い負担です。
  増税を強いる一方で、野田首相は、政府も国会議員も「身を切る」と述べました。議員の歳費削減や、国家公務員の新規採用を4割も減らすといいます。それが、消費増税への「見返り」ですか?−歳費を減らす=議員収入を減らすのを、議員でもない私たちはとやかくいわないけれど、それによって、議員の国政調査や本来の活動をしばったり低下させては困ります。そう思った数日後、調査費を削減?という記事が載りました。反対論封じのため?政府、与党の、それこそ独断と偏見としかいえない不当な考えです。
  採用を減らすとはどうか?「身を切られる」のは、公務員を志望する学生や若者たちです。東北の被災県や自治体で立案や復興が進まないのは、人手が決定的に不足しているからだと報じられています。必要な若い人材こそ増やすべきではないか。被災県が決定的に人手不足であれば、若い人を採用して本省で鍛え、一定の年限でも、経験者を被災県内に出向・支援することができます。柔軟な考え方こそ大事でしょうに。
  政治家が「身を切る」べき話は、他にも重大な事柄があります。上述の話とは違って、政治、政党の本来のあり方に関わると考えますので、切り離して詳述します。

前置きにしては長く、すでに話題提供に入りかけました。今回は、冒頭の「社会保障と税の一体改革」について、私が読んだり聞いたり調べたりの一部、いわば「中間レポート」を記していこうと思います。
  政権・与党とも、国会への提案、審議を控え、野党(といっても主に自公両党)との協議や意見交換を求め、まだ「骨格」だけで提案の内容は煮詰まっていないどころか難航中。そのゆくえは不透明で、「中間レポ」と記すのもその意味でです。ご了解ください。

ところで「社会保障」というと、私たちは、自分の日々の生活を中心に、例えば育児の問題、健康保険のあり方、あるいは年金を受け取る年齢など、身近な具体的な事柄を考えます。幅が広いし関連する金額や負担も多様です。政府・与党が昨年6月末に「検討本部」できめた「成案」を見ても、(1)子ども・子育て、(2)医療・介護、(3)年金、(4)就労促進などを掲げています。けれども国会に提出予定のそれらの関連法案は、2月末現在ほとんど未提出でした。「税との一体改革」と銘打つならば、まず社会保障の将来見通し、それに見合う税制論議を考案すべきではないか。この1月来、新聞紙上で、関連する評論家の意見を幾つも読みました。その中で、参考になった論述を紹介します。

−「社会保障維持のためには消費税率引上げが必要というが、いかにも中途半端な対応。財政全体の将来像を示すことこそ重要だ。10%への引上げで財政問題が解決するかのような誤解を生む恐れもある。政府は財政の将来像を提示し、ムダな歳出カットを前提に社会保障費を含めた歳出見通しを立て、その歳出に合わせて税収をどの程度増やしていく必要があるか、具体的な選択肢を示すべき。税収の増加には、直接税(法人税、所得税など)と間接税(消費税など)の比率をどうする、といった議論も不可欠。そもそも社会保障費を消費税でまかなう理論的根拠は乏しい。議論を尽くせば、望ましい社会保障と国民負担に関し、一定の方向性が見えてくる。歳出の5割近くを国債に依存する財政構造を今後も続けられる保証はない。消費税率を5%引き上げる税収増は、10兆〜12兆円程度。残る約30兆円の歳入不足を、どの程度の歳出削減と税収増加でカバーしていくか。早く方向性を決めないと内外の市場は待ってくれない。」−私も同感する点が多い論評です。(『朝日』朝刊・金融情報欄のコラム「経済気象台」1月27日付。掲載のつど「第一線で活躍する経済人、学者など社外筆者の一筆による」と注記されています)

別の1編では;−「増税反対派の最大の理由は、増税などしたら消費が落ち込み、生産縮小、失業者の急増で、低所得層ほど影響は大きい。大混乱に陥る。短期的な視点からいえば、デフレの現状のもとで増税など論外、日本経済は沈没してしまう。これに対して増税不可避とする立場は、財政破綻の危機が現実味を帯びてきた今、政府が財政再建の姿勢を示さないと、日本の国際格付けがまた引き下げられ、市場不振から国債価格が下落し長期金利が急上昇する。金融機関などの含み損、株価下落など、日本経済全体が大混乱に陥る」と。(同上、「経済気象台」1月20日付。注記は同じ)−進・退ともに大混乱の懸念です。短期的な展望と長期的な憂慮と両面併記され参考になりますが、当面の方向を打ち出すにも、具体的な詰めの論議が必要でしょう。私は評論家の端くれでもありませんから、野田政権が終始「社会保障と税(の一体改革)」を法案として固めようとする姿勢は、大企業、財界を後ろ盾とする消費増税一点張りとしか感じられません。それを「不退転の決意」で押し通そうというのでは、異論が出るのが当然でしょう。

肝心の社会保障の内容、将来見通しとも明快に示されていない現状では、問題はもう一方の消費増税とそれを取り巻く政治環境に傾注せざるを得ません。
  そこで関連する重大な問題を2つ上げておきます。1つは、国会議員数を削減するという話、もう1つは、政治家も「身を切る」べき話。まず前者から話を始めます。

民主党自体、3年前の総選挙に掲げて政権を取ったマニフェスト、いわば選挙「公約」をずたずたにした感があります。ある評論家は、公約とは別の施策に転じるとは「これは詐欺に近い。政党が処罰されないのは法律的な不備に過ぎない」と厳しい。(同上、「経済気象台」2月3日付)代表例の一つは「コンクリートではなく人間に役立つ予算を」と言い続けてきたのに、将来の水需要が減るはずの巨大ダム建設に予算を割いている事実です。増税路線を突き進んでいるのもしかり。
  その一方で、国会議員の削減だけはマニフェスト通りに閣議決定し、本来は立法府の課題を、各党の合意がないまま行政府が議決するとは筋違い、横暴極まると他党から抗議され釈明した一幕もありました。党利党略といわれても仕方ありません。
  重大な問題の1つとは、議席削減の内容です。小選挙区の区割り変更とは別に、全480議席ある衆議院の議席のうち、現行180の比例代表の議席を、一挙に80議席削減しようとしていることです。
  一昨2010年の国政調査の結果、昨年3月に最高裁が、09年衆院選の小選挙区は、1票の格差が「2倍以内」に収まっていないとして、区割りが「違法状態」にあると判断しました。内閣府の「衆院選挙区画定審議会(略称・区割り審)」が、法律で定めた勧告期限の2月25日までに首相に勧告できず、ずっと違法状態が続いています。各党の意見が合わないからです。この機会に、選挙制度そのものの再検討を求める党も少なくありません。
  そもそも小選挙区は、細川内閣当時に二大政党制をかざし大手マスコミまで同調して実現したいびつな制度です。なぜいびつというか。多数の「死票」を生み出す可能性が高く、民意の反映がいびつになりかねないからです。
  仮にA小選挙区で、6つの政党が争い総投票数が10万票あったとします。最多得票の1人だけが当選するわけですから、いくら激戦、接戦でも、25,000票が最高で、残る5人が25,000票以下、平均が15,000票前後だったとすると、得票率わずか4分の1の首位の票しか生かされず、4分の3の75,000票は死票となります。もしA以外のどの選挙区も大同小異だったとしたら、A区の首位政党が、得票率は3割弱でも政権を収ることが可能です。無論これは極端な例ですが、いびつな結果、いびつな政権ができやすい事情は明らかでしょう。

衆議院480議席のうち比例区が180議席あり、少数独占を多少緩和できても、その比例区を、ほぼ半数の80議席削減して100議席に減らせば、小選挙区を支配する大政党による、寡占支配政治が間違いなく現実になってきます。
  政党政治を、各党平等の趣旨でもっともよく反映できるのは、全国1区の比例代表制といえますが、それはまた、いわば観念論的で現実に適合していません。国会議員、特に衆院議員=代議士には、選出地域、地元と関連する活動が濃厚な現実があります。全国を適正に区分した地域別の比例代表制(例えば現行の比例区も、その一例)をとるのが、政党政治を実現するには、おそらくもっとも民主的、合理的といえるでしょう。にもかかわらず、今は民主も自民も、違法状態の小選挙区の取りつくろいに集中し、公明、「みんな」、共産、社民など中小政党の「抜本改正」提案に耳を傾けようとしません。大政党の身勝手に傾斜しそうな危険さえ感じられます。
  日本の主権は国民にあります。国民の間には多様な意見があり、それを代表するのが国会議員です。特に地域社会との関係が深い衆議院議員(代議士)が、多様多彩な意見や情況をもとに発言し論議し、大政党による数の論理だけでは押し切れない国会審議こそ、国民主権尊重の根底にあるべきでしょう。

「中間レポート」にはまだ続きがあります。今回は選挙制度の話が長くなりましたので、ここで一区切りして、続きは次の機会に譲ります。

(3月23日記。国際サブロー)

このページの先頭へ
2012.02.22   サロン便り第48号
pdf
(176KB)
   
  あなたは、健康診断と同様に、1年に1回か2回、定期的に歯と口腔(こうこう)内の点検や磨きを歯科医院でやっていらっしゃいますか? それとも、「歯や口の中は、痛くなってからでいい」とお考えですか?
  視力や聴力などの5感とは別に、からだの中で、口と歯は連日一番使っている機能です。三度の食事やおやつに夜食など使い放題使って、寝る前に歯磨きさえすれば、あとはそのままでいいのかな?−歯石や歯垢を取り除き、1本づつ磨きを掛け、歯ブラシの動かし方をはじめ歯磨きの方法まで教えてくれて、すべて健康保険が使える−こんな有効な健康管理方法を活用しないのは「もったいない」。

今回は、歯医者さんの話、歯磨きの話です。特に、早1年前となる東日本大震災での歯科医チームの活動と、そこで明らかになった健康維持の話をはじめ、歯磨きの習慣とその底力など、健康と快適な生活を続けていくために有用・有効なストーリーを紹介していきます。

大震災の被災地で:
  昨年の半ば、大震災から3ヵ月ほど経った夏場近く、長野県の松本歯科大学病院の歯科医ら4人のチームが、石巻市の宿舎から、市内の福祉施設、南三陸町の避難所や民家、さらに気仙沼市の福祉施設へと次々に向かって活動しました。その記事が載った『日経』夕刊社会面の連載「広角鋭角―歯磨きの底力」から、以下に要点を拾い書きします。

松本歯科大には、障害者歯科の専門部門があり、高齢者の治療実績が多く、施設のお年寄りや精神的ショックで自宅から出られない被災者宅に出向くなど、活動範囲を広げました。松本歯科大チームの活動に刺激され、他のチームも歯科衛生士2人に増員し、きめ細かいケアの態勢を取るという、よい影響を受けたそうです。
  被災地での歯科医療関係者の懸念は、誤嚥性(ごえんせい)肺炎でした。もともと嚥下機能が低下している高齢者は、口腔内の細菌が肺に入りやすい。災害時にはリスクが一気に高まります。阪神大震災では多くの災害関連死を招き、大規模災害時の歯や口の衛生管理が生命に直結する緊急対策として教訓化されました。けれども歯科医らによる全国規模の支援は、今回が初めてでした。
  地元の歯科医師は、遺体の身元確認に協力を求められ余裕がない。派遣チームに助けられて、宮城県医師会では「これまでのところ深刻な誤嚥性肺炎の報告はない」とのことですから、県外からの協力・支援がいかに有効だったかが分かります。

南三陸町は子供の永久歯の虫歯本数(治療済みを含む)が他の地域より多いデータなどから歯への関心が薄いといわれてきました。歯の治療に通いづらい漁業従事者が多く、年配の家族が子供たちの世話をする地域性も背景にあるとされます。松本歯科大の歯科衛生士は「なかなか症状をいってくれない。歯や口の中は痛くなってからでいいという意識がまだまだ強いようだ」と話しています。
  この辺で被災地から離れ、話題を変えます。

歯周病と糖尿病の相関関係:
  「糖尿病の人は、そうでない人に比べ2、3倍歯周病になりやすく、逆に歯周病が糖尿病を悪化させることも分かった。今や歯周病は糖尿病の6番目の合併症といわれます」。これも上記「広角鋭角」の記事。徳島大学病院の「糖尿病教室」で、同大学大学院の永田俊彦教授が写真やグラフを示して患者や家族に語りかけた話の一端です。徳島県は、90年代前半から糖尿病死亡率が全国ワースト1で、この病院では糖尿病対策、口腔管理の常設両センターが連携して患者向けの「教室」を開いています。どの新聞でも、健康、医療、暮らし等々の欄で、歯と糖尿病との同様の話題を読んだ方は少なくないと思います。そんなの無関係、と思わずに、次のストーリーをお読みください。
  永田教授によると、歯周病とは、歯肉、歯根、歯槽骨などの歯周組織に起きる進行性の細菌感染症です。歯肉に腫れや出血がある歯肉炎と、歯を支える歯槽骨が破壊される歯周炎とに分かれ、歯肉炎は、成人の約8割!が患っているといわれます。歯周ポケット(歯と歯肉の間の隙間)にたまった歯垢(しこう)には、ミリグラムあたり1億〜10億個の細菌が含まれています。細菌の攻撃に対し、歯周組織は免疫機能を働かせて防戦しますが、過剰な免疫反応が続くと、免疫物質が自らの組織(歯槽骨)を溶かしてしまうそうです。

歯周病を治療すると、糖尿病の血糖値が改善されることもよく知られてきました。記事はその1例です。4年前に歯の異変から重度の歯周病患者だと知った50歳代前半の美容師さんの話。日大歯学部病院に1年余り通い、歯石の除去や歯根面の処置などの治療を受け、歯磨きや歯間ブラシの使い方の指導も受け、診察のつど血糖値を聞かれてきました。糖尿病の代表的検査値(ヘモグロビンA1c)が、歯周病治療前の、合併症進行に関わる7.0%が6.3%に下がったそうです。
  「歯周病を放置すると死につながる病気にもなりかねないので、きちんと治療してほしい」とは、歯周病と全身病の関係に詳しい広島大学の西村英紀歯学科長の話。締めの言葉として、あえて付け加えておきます。

「噛みんぐ30」(カミングサンマル):
  話題を「学童歯みがき大会」に移します。「広角鋭角」の記事を読むと、「口を閉じて食べてごらん。鼻で息をするから香りが感じられるよ」。埼玉県加須市立騎西小学校の教室に設置されたスクリーン画面の呼びかけに、せんべいを噛みしめた子供たちから「おいしい」の声が一斉に上がったと。毎年6月4日(虫歯予防デー)から「歯の衛生週間」が始まり、昨年の68回目は、大震災の影響から、初のインターネット中継方式で韓国などアジアからの参加を含め315校が参加した由。主催はライオンの関連財団。香りを楽しみ、よく噛んで、味わう大切さを実感させるなど、歯に関する関心を持つよう工夫を凝らしているそうです。今年はどんな「食育」を実行するのか注目しましょう。
  厚生労働省は、30回噛むことを推奨する「噛みんぐ30(カミングサンマル)」を提唱しています。「よく噛み、30回噛んで味わう」のは子供たちが歯を鍛え強くし、食材を美味しく味わう観点からも励行してほしい。
  戦後世代の虫歯対策は長年の国民的課題だったそうですが、学校現場の歯科健康管理の徹底で、12歳での永久歯の虫歯(治療済みを含む)本数は、84年度の4.75本から2010年度1.29本に激減、上記の騎西小では、給食が終わると校内放送の音楽に合わせて一斉に歯を磨く。小学校では決して珍しい光景ではないそうです。中学から高校に進むとどうなるか?その1例が次のストーリー。

高校でも歯磨きが盛況に:
  岩手県宮古市宮古高校(生徒数719人=昨年8月時点)の昼休み、弁当を食べ終わった生徒が廊下の流し場周辺で歯磨きを始めるそうです。ピーク時にはどの階でも生徒が溢れ、女子に流し場を占領されがちな男子は、トイレで歯磨きをするしかない。
  日本学校歯科医会の表彰制度に2年前、高校部門が新設され、宮古高校が最優秀校の文部科学大臣賞第1号になりました。宮古地区では高校だけではない。歯科医師会が保育所などに毎週回って乳幼児ひとりひとりに歯磨きをしたり、高1の生徒対象に歯周病講座を開くなど活動が日頃から活発です。さらに歯の健康意識を高めるため、保護者に入学前の歯科受診と治療を要請。一方、校内歯磨きには、歯磨きを使わない「素磨き」や教室内での「ながら磨き」を勧めています。「洗面所前に立つスタイルは短時間で済ませがちになる」と、同行担当歯科医の助言からです。
  「広角鋭角」は、一昨年の生徒による調査で、昼食後の歯磨きは「時々」を含め女子が9割、男子が7割に及んだと記しています。昨年は大震災で家族を失った生徒もあり、習慣が乱れた生徒もいる。先生方は「しかし、大人に向かう時期の健康管理は自ら気づき身につけていくほかにない。そのために何ができるのかを考えていきたい」と話しています。

歯磨き慣習に幾つかの情報:
  数年前にオープンした六本木のオフィスビル「東京ミッドタウン」(東京都港区)のトイレには、歯磨き専用カウンターがあるそうです。歯磨き慣習が広がれば、同様の設備がオフィスビルに増えていくでしょう。開発・運営する三井不動産は「60のオフィスフロアすべての男女トイレに2ヵ所づつの専用カウンターを備えた」そうで、大規模ビルでは設計標準にしています。
  私たちがJICA在勤中は新宿のマインズタワーのオフィスで、昼食後の歯磨きはトイレの洗面場を利用しました。今のJICA本部ビル内ではどうでしょうか。現役の諸兄姉からうかがうしかないけれど、昼食後の時間帯は以前よりかなり活況ではないかと想定しています。

つい先日、新聞紙面で、歯磨きについての最新情報を読みました。主な記事を以下にご紹介します。参考にしてください。(2月11日付『日経』土曜特集「プラス1」健康生活欄参照)
(1)食生活の欧米化に伴い、酸性の飲食物が日本でも増えており、虫歯、歯周病に次ぐ第3の歯の病気として「酸蝕歯」が注目されている由です。タイミングを間違えて歯磨きをすると、歯のすり減りを加速しかねません。口の中が酸性になっても唾液の力で中和されエナメル質が復活する30分ほど待って、それから歯磨きを始めるのが賢明のようです。昼食、夕食に限らず、食後30分間空けて歯磨きを、とのお勧めです。特にコーラ飲料がお好きな方は要注意。(東京医科歯科大学の先生の話が載っています)
(2)毎食後に歯磨きが歯にも口腔衛生にも望ましいけれど、そうはいかない場合もあり得ます。特に昼食後の時間に余裕がないとか、出先で歯磨きとはいきにくいとか。
  「1日1回、特に寝る前に口の中から徹底的に汚れを出すことが大事」とは鶴見大学桃井保子教授の話。歯を磨く一番の目的は、虫歯や歯周病の原因菌の住みかになる歯垢を取り除くこと。歯の表面に付く黄色くねっとりしたものですが、今のところ歯ブラシなどで物理的にこすり落とすしかない。口の中の食べかすが歯垢になるまで、48〜72時間かかり、必ずしも毎食後に歯を磨かなくても、まだ時間はあり、間に合うといわれます。寝ている間は唾液が減って口の中の菌が増えやすくなるので、寝る前に口の中をきれいにするのが効果的だというわけ。
  しかし、何時間がんばっても歯ブラシで落とせる歯垢はせいぜい60%で限界もあり、歯と歯茎の狭いすき間まで届くデンタルフロス(歯間ブラシはその1例)を使って86%まで効果を高めれば、という話です。
  なお、上記記事の掲載欄には「強い酸性の飲み物に注意」と「歯のみがきかたのおさらい」の2件が図示。解説されています。

(2月17日記。国際サブロー)

このページの先頭へ
2012.01.29   サロン便り第47号
pdf
(167KB)
   
  東京と神奈川の境を流れる多摩川。その中ほどから下流に広がる河川敷を歩いたことがありますか?広くてまっ平らで気分壮快です。私は数年前の初秋に友人たちと、都内ではめずらしい静かなせせらぎを聴く等々力渓谷を散策した後、河川敷に出て二子玉川駅に近い隠れ家レストラン(チョー美味のイタリア料理店)まで、早足で歩きました。好天の一日でしたが。秋口のウイークデーだったので人の姿はごくまれ。対面者も少なく広大な自然の風物に圧倒されました。ところが次の話は、そこに問題があったようです。

今回は、世界遺産の話をしたいと思いますが、この書き出しの話題は、まるで違うと感じられるかも。一種の“事件”につながりますから。とにかくお読みください。

多摩川河川敷には、ずっと以前から、休日には大勢が訪れ、子供たちも一緒に遊び回る広場になります。管轄する国土交通省は「河川法では自由利用が原則」だそうで、それは結構ですけれど…。去年の秋、ほとんどの新聞が主に社会面で報じたのは、近年一部の来訪者がバーベキューを随所に広げ、花火を打ち上げ、付近の住民に多大の迷惑を及ぼす事態になっており、沿岸の市と住民が決定的対策に乗り出した、という記事です。
  各紙の記事をまとめると、世田谷区の西に接し小田急沿線に当たる狛江(こまえ)市が詳しく実態を調査したところ、去年のGW(ゴールデンウイーク)10日間に市域内だけで、1日平均1,323人がバーベキューをしたとのこと。ネットで注文し食材を運び込む業者も出現。食材のにおいや食後の悪臭が住宅地にただよい、夏場に窓を開ければ部屋の中ににおいがこもる。後始末もせずに大量の残飯を放置し、ゴミを散らかすマナー違反が急増。コンロやテントまで放置するようになった、と。マナー違反どころか、ここまでくると、反社会的行為とさえいいたくなるのでは?。
  対岸の川崎市でも同じ事態が起き、後始末が大変で手間もカネもかかる。けれども住宅街まで100m以上離れており、市が条例によって河川敷の中州約4ヘクタールを「バーベキュー広場」と定めて囲い込み、1人500円の有料制、使用は夕方までと、決めたそうです。記事では、京都府の鴨川河川敷での禁止事例や、芦屋市での禁止条例なども紹介され、多摩川に限らず、全国あちらこちらに広がりがあるようです。
  テレビでは、実態レポートが放映されました。狛江市は、住民の住まいが、バーベキュー現場の至近距離まで迫っており、時間制とか有料制では、住民の安全・安心が守れません。市は11月の定例市議会に「多摩川河川敷の環境を保全する」条例案を提出して、今年4月から施行する方針を決めました。河川敷に監視員を置き、バーベキューや花火を発見すれば、即立ち退きを勧告し、聞き入れない場合は罰則として2万円を徴収する計画です。インタビューに出た矢野市長は、「住民からのたっての要請に沿って禁止の条例を作りました。川崎市のような解決方法もあり得ますが、それは住宅地と現場との距離があればの話。住まいから20mしかないと庭先でバーベキューをやられるに等しい。安静な生活を守るにはやむを得ません」と話していました。

この報道を見聞きして、私が思い起こしたのは、世界遺産に富士山を申請する経緯です。何年か前に、「自然遺産」の登録申請に踏み出そうとしたものの、その途上で見送った理由が、山を取り巻く環境保全の課題でした。今度はそれを「文化遺産」の登録申請に切り換えて、という。なぜか。文化遺産の申請だと、環境問題に触れないで済むのか。もしそうだとしたら環境問題にはどう取り組むのか。どこかに、逃げの姿勢を感じます。

ここで「世界遺産とは?」に簡単に触れておくと、人類の宝を守る目的で、1972年にユネスコ総会が条約を採択して決めました。日本は92年に条約を批准し、「法隆寺地域の仏教建造物」、「白川郷・五箇山の合掌造り集落」や「姫路城」「厳島」などの文化遺産、また、自然遺産が「屋久島」「白神山地」や、去年、希少な動植物の宝庫として「小笠原諸島」が認められた記憶は新しく、合わせて14件が登録されています。世界でも著名なエジプトのピラミッドや中国の万里の長城、米国の「イエローストーン国立公園」などはもとより、今日では1千件に近い文化遺産、自然遺産、両者の特質を持つ複合遺産が登録されており、年々増えていく方向にあります。

富士山の登録申請がいったん見送られた最大の理由は、山の至るところに広がるゴミ問題だったと記憶しています。登山者が、まさか山頂や中腹でバーベキューや花火を繰り広げたとは思われませんが、弁当、食べ物、アキ缶、腰掛けたゴザや紙類を、決められた場所にキチンと捨てずに、勝手にほうり出す、場所を選ばずそのまま放置するなど、環境悪化が目を引いたと考えられます。山を愛し自然を大切にする気持ちが微塵も見えません。
  私たちは山歩き・野歩きを若い頃から楽しみ、残した食べ物、飲み物やゴミ類は、まとめて持ち帰るように習慣づけてきました。今は社会的なルールでさえあります。富士山には、私自身、中学2年の時に初めて、その後にも計5回山頂まで登りました。最初は同行の長老から数々のルールを教わり、後年は先輩、友人、高校生諸君などと、それらを確かめ合ったものです。登り下りに出会った人たち同士が、お子さんにも一人一人に「コンニチワ」を交わす、それがルール化し日常化し、公園内でも散歩の道中でも声を掛け合うのが通例になりました。こういう決まり事を、中学校や高校では、どう教えているのでしょう。「君が代」や国旗の励行には熱心で厳しくても、日頃の生活や社会の中で人間的な対話やルールを軽んじては教育の質が問われます。

世界遺産に登録を申請するからには、山は汚さない、自然環境を守り、快適な登山を保証する手立てが先行すべきだと思います。まして、自然遺産から文化遺産に申請の道筋を変えると聞くに至っては、節操がない無理な話だと考えます。そもそも文化遺産は、歴史的に著名な建造物や遺跡が主対象です。富士山は、日本人の心の拠り所であったり霊峰と呼ばれる特異な存在といわれても、山は山、自然遺産であるはずです。日本には多種多様な山々が立ち並び景観を競っていますが、富士山が、中央アルプスや北、南のアルプスなどとも違う特異な姿は、独立峰だからです。それだけに裾野や周辺にも独特の自然が広がる。比較的に登りやすく危険度が少ない。私が中学2年生でさほど難儀なく登れたのも、ひたすら頂上に向かって歩き通せたからでした。今は、外国人を含め登山者は年間30万人といわれます。富士山を世界遺産にと望むならば、日本を代表する自然遺産の一つとして、その基礎に、山の環境の保全・整備を徹底する措置を据えて、揺るぎない基礎の上に立って申請に臨んでほしいと思います。
  そう言っている矢先に、昨年世界遺産に決まったばかりの小笠原諸島で、「島の常識知らぬ客増加」という記事が載りました。新聞、TVの報道や紹介も何回か見聞きしましたが、その影響もあってでしょう、昨年の来島者は前年より5割増えたそうです。騒ぎが起きるぞとの予感が、早くも現実になった感じです。
  典型的な間違いは、世界遺産は観光地だという考え。貴重な動植物が大自然の中で成育してこその世界遺産が、飛行場ができたり、大型船が乗り入れたり、来島者が好き勝手に遊び歩いては、小笠原は壊滅し、世界遺産は消滅します。マスメディアの取り扱いや、旅行業者・業界のPRも、その意義をわきまえて、節度を守っていく責任があるといえます。「航空便はないのか?」「船に個室は?」「プリンスホテルはある?」−新聞で報じられたような、そんな質問が出ないようになるのに何年もかかりそうでは、前途危うしではないでしょうか。

せっかく冒頭に狛江市の「バーベキュー禁止」の話を記しましたので、市の条例制定に至った貴重な経過を紹介しておきましょう。(1月6日付『朝日』朝刊3面「カオスの深淵」参照)
  無作為で選ばれた市民の意見が市議会を動かしたのでした。国(国交省)の考えは前述の通りで、市当局も初めは「過度な規制は市民の自由を妨げる」と動きが鈍かった。そこで地元の青年会議所が、市民討議会を市に提案し、3年前に、住民基本台帳から無作為で選ばれた1,500人の中から希望者47人が参加。住民、利用者の意見に加え、国交省と市からも情報を受けて、5人前後のグループに分かれ半年に4回討議した結果が「禁止」でした。矢野市長も、上記の記事の中で、「利害関係者だけの意見でなく、無作為抽出された市民の意見だったので行政も動きやすくなった」と語っています。
  NPO法人「市民討議会推進ネットワーク」によると、このような市民討議会は、全国で200以上の実施事例があるそうです。同じ顔触れや利害関係者が集まりやすい公募の審議会でなく、初対面で肩書きやしがらみにとらわれず純粋に話し合える、直接民主主義の側面を感じ取ることができます。

(1月26日記。国際サブロー)

このページの先頭へ
2012.01.05   サロン便り第46号
pdf
(198KB)
   
  ユーロ圏が大きく揺れています。前回お話しした「歴史的円高」の一大要因でもあります。ユーロが、ドルや円、元などと並ぶ有力な通貨であることは分かっていても、「ユーロ圏」というと、ピンときますか? EU(欧州連合)とどう違うのか?どんな紙幣(お札)なのか?
  今回は、2012年の初回ですので、経済の話につきものの数字は最小限にとどめ、ユーロの話をきっかけに、どんな紙幣(お札)か、日本のお札も知っているようで初耳の話を。さらに、年末と年始統合のいわば「ワイド版」!として、グッと範囲を広げ、2012年の世界の経済と政治はどう動きどう変わるか、新年の展望を見渡したいと思います。 初めに、頭書の?(クエスチョンマーク)から簡単な注釈を…。EUは1990年代初期に発足、現在は欧州27ヵ国の地域連合で、European Union の略称。直訳は欧州連合。代表者にEU大統領、外交を一元化する「外相」があり、G8、G20等々の国際会議には、各加盟国のトップとは別に、EUとして列席、参加しています。
  片やユーロ圏は「ユーロ」を共通の単一通貨とする17ヵ国(2011-1-1からバルト3国のエストニアが加入)で構成し、国内政治、特に予算編成、財政運営は各国の主権にゆだねています。そこに問題が起きる原点があると言われがちで、当『サロン便り』は、一昨年、第24号、25号の2回にわたり(2010-5-25、同-6-9配信)信用危機の実態を詳しくお話ししました。本質は当時と変わっていません。今度の危機の起こりや経過は、新聞や雑誌でさまざま報じられていますから今回は詳述を避け、さっそく紙幣の話をしましょう。

ユーロの紙幣、日本の紙幣
 ユーロ紙幣って見たことあります?−今や円高ユーロ安が進行中なので、欧州への旅には絶好のチャンス。最近実行された方はご覧になったはず。私は、欧州諸国には、東西南北あらかた出向いていますが、ユーロ流通以前の話で、今のユーロ札は見ていません。海外経済の専門家Uさんに100ユーロ、200ユーロ札を見せてもらうと、色合いも薄く、一見すごく地味。米ドルや日本円など他国の紙幣と違って、表・裏とも人物の顔が一切ない。風景の絵はあるが、どこのどんな建物か不明です。
  Uさんは、こう話してくれました。「見ての通り、窓、橋、建物が描かれ、きっとどこかにあるはずと思うけれど、実際にはない架空の風景です。人物も米ドルならジョージ・ワシントンが、高額になると、名が知られていない大統領が出てくる。中国では毛沢東が幅を利かし、どこの紙幣も顔と著名な風物が描かれている。ユーロ札には、発足時にギリシャ人の顔が候補になったが、文化人さえ外され、だれの顔もありません。」そして「国家の背景は皆無です。紙幣に顔がない、どの国の風景もないのがユーロの特徴、核心なのです」と。

改めて日本の紙幣をよくみると、その質は最高水準にあると痛感します。西洋史家で都心の「印刷博物館」長でもあった樺山紘一氏は、「美しい。なによりも精緻にできている。偽造がほとんど不可能」とおっしゃる。デジタルの時代に、これだけはいまだにアナログ印刷で、彫刻刀で銅版画を作成するとのこと。私も初耳だったのは、明治時代に維新後の新政府が紙幣の技術を海外に求め、白羽の矢をたてたのが、紙幣の銅版画のプロだったイタリア人のエドアルド・キョッソーネ氏。お雇い外国人として高給で呼ばれ忠実に働き、何百種類の銅版原画と要人の肖像画を制作し、日本の水準を一挙に高めたといわれます。「及ぶところ万般」の器用さで、今もなお日本の職人さんたちの腕に引き継がれているとは!
  肖像画家として、明治天皇をはじめ伊藤博文、西郷隆盛から歴史的人物の神功皇后まで、面識のない偉人を描いたそうで、聖徳太子ってこんな人だったの?と思わせる巧みさも、キョッソーネ氏の置き土産だったのかもしれません。(『日経』2011-11-20朝刊、文化欄「欧人異聞」参照)

ユーロ圏に限らず、欧・米も新興諸国さえ経済不調
  紙幣(お札)の話は切り上げ、新年の展望に入りたいけれど…。まずは発端のユーロ混迷に解決の道筋が見通せないようでは困ります。詳しくは新聞、TVの報道に譲りますが、ほんのちょっと寄り道をしておきます。
  ユーロ変調は、去る10月末に基本合意〜包括宣言で解決の道筋が示されましたが…。その後、各国の財務相やトップがしばしば会合し談合を重ねながら、危機の発火点ギリシャへの救援策は銀行への債権放棄要請が主、新たに国債急落・信用不安の焦点となったイタリアは財政再建への支援しかない。「安全網」の欧州金融安定化基金(EFSF)拡大は、いまだ完成、安心にはほど遠い状況です。ユーロ圏自体が一致して資金は出さないと決めていますから、外側からテコ入れするしかない。私は、IMF(国際通貨基金)が強化され機能も資金も拡充するほかに有効な手段はないと思いますが、先行き不透明が新年にも続くと、国際経済は安定→回復どころではありません。
  よく聞かれるのは、しょせんギリシャはユーロ圏から抜けるしかない、との発言です。ところが、ユーロ圏条約には脱退の規定がありません。英国とデンマークは加盟しないとまで公示されているのに。条約も法律も人間の作りモノで、不合理があれば改正は可能ですが、そのための精力、労力、時間や日数など量りしれず、実現は至難でしょう。

こういう危機に乗り出すはずの超大国・米国は、財政赤字がかさんで四苦八苦。その現状は新聞、テレビでご承知の通りです。昨年の中間選挙で敗れたオバマ民主党は共和党との局面打開の協議が難航し通しです。失業率9%は、耳にタコができるほど、ずっと聞かされてきた高い数字。格差と雇用低迷で「オキュパイ(占拠)」運動がウオール街中心に長期化しました。米国では、上位1%の富裕層に富の40%が集中しているといわれます。若者を中心に「富裕層に増税を」「金融機関に規制を」が反ウオール街デモの主流でしたが、他の大都市にも広がり、反戦、反核などの主張も現れました。運動初期の9月に、「オキュパイ」の実況をテレビでみると、現場のニューヨークでも全国規模でも、デモへの支持率80%前後と聞いて驚きました。この種の運動に批判的だった米国内の世論も変わってきたと感じます。
  日本や他の諸国とは違う話。年収100万j(約7700万円)以上の富裕層グループ20余名が「我々の税金を上げよ」「国のために正しいことをやってほしい」と増税を求める運動を起こし米議会に訴え、「税金を多く払うのは当然」と言い切っています。新聞報道でみたグループ名は「愛国的な百万長者」。日本の富裕者も決起!してほしいけれど…。
  不況の救世主はほかにいないか?−クルマの販売で世界トップに躍り出た中国、人口数でいずれ中国を超す消費拡大のインド、好景気で次回のオリンピック開催予定のブラジルなど、通称・新興諸国の経済は?いずれも欧・米、日本などの経済停滞に影響を受け、頼みの輸出が減退し、国際経済の不調をカバーするどころか金融緩和論が台頭しています。世界中が、国際協調とは逆に、自国経済の防衛、通貨安競争のさなかにあります。
  旧ソ連が崩壊した当時、米・欧が謳歌した「資本主義万歳」はどうしたのか。米国で著名な「バンカメ」(バンク・オブ・アメリカ)を経て今はUBS銀行の上級顧問を務めるジョージ・マグナス氏が米国の経済通信社ブルームバーグに投稿した論評が、話題になっているそうです。現在の世界の危機の本質を知りたければ「カール・マルクスを読め」と。(『朝日』2011-11-23朝刊15面。オピニオン欄を参照)−『資本論』中に述べた「一つの極における富の蓄積は、同時にその対極における貧困の蓄積である」。資本主義の命名者はマルクスですから、彼の論述は資本主義の本質に迫ることばかり。それが米国の金融界の大御所を動かしたのでしょう。
  簡略にいえば、資本主義は、すべての企業が最大限の利潤(儲け)を求め、生産力の無制限の発展を求めて競争し合っていますから、無計画の過剰生産が起きるのは当然の成り行きです。一方で利潤を最大にするため、賃金を抑え過剰者は減らし貧困が拡大され、貧しい人が増えれば、企業が作るモノやサービスが消費されず、発達した国々ほどモノはあるのに社会全体が苦しむ不況、恐慌が起きます。「オキュパイ」運動はその現れの一つでした。資本主義がキズやゆがみを修復できるか、生産力をどうする、生産関係はどうなる等々、未来社会をどう築くかは21世紀の大きいテーマになっていくでしょう。

今年は、米・中・ロ・仏・独の5大国の大統領選挙やトップの交替が
 米国は大統領選挙の年です。11月6日と今から決まっています。前述した厳しい雇用・経済状況から、再選を目指すオバマ大統領の支持率は4割台で低迷、対抗する共和党の候補者選びは、富裕層・大企業減税の競い合いとなっています。米国のメディアは、フランクリン・ルーズベルト(第32代大統領。任期1933〜45。3選された史上唯一の大統領)以来、失業率が7.2%を超える経済状況で再選された大統領はいない、と指摘します。前掲9%(最近は8.6%)でこびりつく現況では、オバマ苦戦は避けられません。

ロシアは、今月上旬の総選挙で政権党の「統一ロシア」が議席数を減らしたものの過半数は維持しましたが、問題は3月に予定される大統領選です。現職のメドベージェフが失政もないのに1期で降り、予期通りまたプーチンが出てきます。しかも1期6年に延長を決めて。有力な対抗馬がいない以上、総選挙での不振も何のその、プーチン当選は確実でしょう。けれどもすでに2期やって、3期目は憲法上認められないから、1期抜けて再登壇とは、政略以外の何ものでもない。きっとこれから2期、2024年まで12年やる気でしょうね。当分は、プーチン帝王の時代が続きそうです。

次は中国。昨年10月、指導部の大幅な世代交替が予期される党大会を、今2012年後半に開くことが決まりました。胡錦涛国家主席の後継には、07年の前大会で、習近平(シー・チン・ピン)副主席(58)が予定され、胡主席と同じ共青団出身でライバルの李克強副首相(56)が温家宝の後継の首相になると思われます。私は、胡主席は、真面目な優等生という印象で堅物視しています。が、習副首席は習忠勲・元副首相の長男で、いわゆる「太子党」(高級幹部の子弟)ですから党内で幅広い人脈を持ち、どちらかというと保守的な人柄といわれます。外交、安保にどう動くか、新トップは世界注視の的でもあります。

それより前、4月22日には、フランスの大統領選挙があり、現職のサルコジがどうなるか。反政府のデモやスト、移民問題に強権をもって対処、発動を唱えて当選以来、そちらの成果よりも私的なトピックスが目立ちます。ユーロ圏の危機に追われているせいか、選挙情勢には熱気ある報道がまだ見られません。そんな中、過日知ったのは、フランスが2院制で、上院の「元老院」で野党が過半数を占めた、という新聞報道でした。フランスの立法府は、国民議会(アサンブレ・ナシオナル)だけの1院制とばかり思っていたら、2次的地位にせよ、定員90名、間接選挙による元老院(セナ)があり、3年ごとに3分の1が改選されます。野党勢力がジワリ上げ潮に転じているのかどうか。(2院制の記事は『ブリタニカ国際百科大辞典』平凡社版による)

最後は秋に予測されるドイツの総選挙。現政権を率いるメルケル首相は、EU、ユーロ圏に限らず、広く国際社会で積極的に活動する場面が多くテレビでもお馴染み。特に環境問題や反核運動のリーダーと目されてもいます。しかし基盤のCDU(キリスト教民主同盟)は、連立の組み立て、組み替えなど、政権堅持の方策に苦心が付きまとう状況のようです。

日本の周辺では、新年早々の台湾総統の改選(1月14日)後、春には、インドネシアで大統領選挙が控えています。トップの交替、政権変動の可能性をはらみ、世界は激動の年になりそうです。

ワイド版を目指したゆえに、長大な話になりました。今年は、話題を絞り、内容を切り詰めて、もっと読みやすい話にまとめたいと思っています。

(1月5日記。国際サブロー)

このページの先頭へ
2011.11.18   サロン便り第45号
pdf
(174KB)
   
 

「歴史的な円高」。新聞もTVもこぞって「歴史的な」と報じます。戦前はいざ知らず、円高は史上最高値の更新を続けていますので。もう一つの「史上最高」があります。この円高に対し、財務省が史上最大の為替介入を実行しました。
  今回のテーマは、「歴史的な円高」と、政府の「史上最大、巨額の為替介入」です。

実をいえば、ちょうど1年前に、円高、外国為替市場、投機マネーについて『サロン便り』第30号、31号と2回にわたり三部作みたいに詳しくお話ししました。「またか?」とおっしゃる方もあるでしょう。そう思って、私自身、前の2回分を読み直しました。今回は事態が違います。日本国内にとどまらず国際経済の大事態で、今後の国際政治、経済、社会の動向に影響甚大と考え、私の疑問や意見を述べながら問題を掘り下げていきたいと思います。まず、最新の新高値の話から。

さる10月31日の朝6時半過ぎ、テレビのニュースを耳にして急いで起床しました。見聞きしたのが「歴史的な円高」の実相でした。その場で聞くのと、後で活字で知るのとでは衝撃も印象も違います。ここ数ヵ月、1ドル=75〜6円の円高が続いていましたが、この日の早朝、75円32銭の史上最高値をつけ、また円高記録の更新!さっそく財務省が今年3度目の為替介入に乗り出し、一日中、TV各局のニュース、夕刊から翌朝の新聞まで、このトピックスで持ち切りでした。

なぜ円がそんなに買われ、高値が続くのか。いくら欧米の経済が不調、不振だからといって、東日本大震災の惨禍をこうむり、経済復興、民生安定にもたついている日本の円が、最高値を更新するほど買われるとは!この際、掘り下げて考えないと気が済まない。一介の市井人とはいえ、専門家や研究者の談話を参考にするとしても、自分のアタマで、ナゾ解きのつもりで考えてみたい。ご一緒に「歴史的な円高」に迫ってみませんか。

なぜ「円高」では困るか。巨額の為替介入をしてまで円高に挑むのか。
  私たちは日々、どこででも円を使い円で払い、生活も買い物も円で済ませ、円高になっても不自由は特に感じません。困るのは、円が高くなり、輸出志向の新興諸国メーカーと競争しがたく、商品が売れなくなる輸出業者です。
  1例として、パナソニックのTV事業縮小の記事(10月21日『朝日』朝刊の経済面)を見ていくと…。野田首相はじめ現職大臣や政界の中堅に出身者が多い政経塾の発祥・運営に縁が深い大企業ですから目を引きます。
  テレビの薄型テレビから組み立てまで一貫生産を続け、05年、07年に続き、尼崎市に3工場目として09年に稼働したばかりのテレビ向けプラズマパネル最新鋭工場が、今は生産停止に追い込まれ、テレビ事業を縮小せざるを得ないといわれます。当初の戦略が裏目に出たのは、パネルが韓国や台湾勢の積極的投資で世界的に生産が拡大し、パナソニックが巨額の投資を回収するいとまもなく市場価格が急落したからとのこと。かっては日本のお家芸といわれたテレビ事業も、同社やシャープなど代表企業が、ライバルの躍進と、引き続く円高に苦しい経営を強いられています。
  しかし、待てよ。記事はふれていないが、円高以前の問題があるかもしれない。既存の成果の踏襲、生産計画の読みとか、新興諸国群の過小評価など。大企業経営の成否には、円高だけではない幾つものファクターがあるかも。そんな疑問を感じる記事です。
  もっとも円高こそ問題という事例は多々みかけます。テレビをみていると、大企業よりも中小のメーカーが円高に悩む実情が紹介され、多くの経営者が「もう限界。これ以上の円高には工夫どころか打つ手がない」と語ります。工場の海外移転もアピールされます。

「想定為替レート」をご存じですか。企業が経営計画や業績見通しをまとめる前提となる為替レートのことです。9月の日銀「短観」(企業短期経済観測調査。4半期ごとに調査し公表)によると、大企業製造業の2011年度の想定レートは1ドル=81円15銭と、過去最高の円高水準でした。実際のレートが想定より円高に振れれば輸出企業を中心に業績の下方修正リスクが高まります。調査内容に「為替感応度」というのもあります。1円の為替変動で年間いくらの利益増減につながるかを調べています。感応度が高い代表的業種には、自動車、電機、精密などあり、例示すれば、トヨタの想定レートは、80ドル/115ユーロ、為替感応度は、ドルの場合340億円/ユーロ60億円、パナソニックは、想定レート同83ドル/110ユーロ。感応度がドルで38億円/ユーロ17億円。各企業の想定をかなり上回る円高が続いていることが分かります。(10月7日『日経』朝刊「きょうのことば」から。著名8社の数字が載っていますが他は割愛します)

『日経』の10月18日朝刊経済欄「ポジション」には「ドル安より痛いユーロ安」の見出しで、こんな記事が載っています。「米国とは違って、欧州には日本企業の拠点は少なく、海外生産の拡大で、円高の影響を和らげる手が使えないから」。日本総合研究所の試算では、今年度下半期の円相場が1ドル=75円で推移すれば、国内製造業の収益は(なんと!)約300億円のプラスとなる。自動車など加工業種の収益は目減りするが、ドル建てで輸入される原料やエネルギーの調達コストが減るからだ、というのです。輸出企業でも、多様なプラス/マイナスが交錯して業績が調整されるのが分かります。「ユーロ安が痛い」といわれても、財務省の介入対象は円売りドル買いで、ユーロ買いは考慮外でしょうが…。

話のホコ先を変えますが、少々フ(腑)に落ちないというか、日本人には「輸出立国」に思い過ぎがあるのではないか。日本には資源が乏しい;優れた技術があるのだからモノづくりに徹すべき;輸出こそ繁栄の道だ;と。やや単純化した嫌いがありますが果たしてその通りか。
  関連していえば、輸出は外貨稼ぎですが、貿易黒字が幾十年も続き、それが常道と考えて、輸出なくして成長なしと信じ込んでいないか。それには、従来のマスコミの論述や大企業の宣伝が利いているのではないか。
  表立って反論はしませんが、輸出が日本経済の牽引車といわれた時代は確かにありました。けれども、過日公表された直近8月の輸出伸び率は前年比2.8%増、牽引できる数字ではありません。GDP=国内総生産で、輸出の占有率はそもそもそう高くはない。最近は大震災が原因にせよ貿易赤字の月もあり、貿易収支は黒字を続けてはいません。外貨を稼ぐのはいいが、それを国内で活かすには円貨に換えねばなりません。ということは、外貨を稼げば稼ぐほど円買いが必要で、円高は日本経済自体の体質となっています。
  「輸出拠点」という言葉がありますが、今や日本国内に輸出拠点はないという識者が多い時世です。タイ国アユタヤの浸水事件でいみじくも知られたのが、日本の輸出大企業拠点工場の集積でした。キャノンが年末商戦を目指して生産を進めてきた最新鋭の一眼レフ出荷ができなくなり、浸水からの復旧、操業再開のメドさえ立たないとは…。自動車や機械などの各企業が、円高に追い討ちをかけられ困惑しています。

話を史上最大の為替介入に移します。高値更新から一夜明けた11月1日の『朝日』朝刊は1面トップに「最大の介入 10兆円規模」と大見出しをつけました。まさか!と驚いたのは私だけではないでしょう。日経は同日夕刊1面に「7〜8兆円」の見出しと記事。それでもその巨額には驚きです。
  「為替介入」とは、正式には「外国為替平衡操作」と呼ばれます。円売りドル買いの場合は政府短期証券で円資金を調達し、民間金融機関からドルを買い、米国債などで運用します。介入の判断は財務相、実行は日銀。反対に円買いドル売りの場合は、外貨準備を取り崩してドル資金を調達します。今回は巨額の取引を外国為替資金特別会計(外為特会:がいためとっかい)の資金を使って、為替相場の安定という特定の目的のために資金の出し入れをするので、一般会計とは別に取り扱い、経理状況を明確にしています。それにしても、10兆円かそれに近い規模の政府資金の投入です。財政上大丈夫なのか。新聞の解説によれば、外為特会で保有する米国債などの利子から収入があり、詳細は省きますが一般会計への繰入ができるほどで、私たちが心配することではなさそう。よく活用論が出る政府の「埋蔵金」の代表例です。

むしろ外為介入は、タイミング、金額、公表の仕方がきわめて大事。誤ると効果が薄れます。輸出産業と輸入産業の双方への目配りも必要でしょう。円安誘導の円売りは、「輸出産業への補助金」とも批判されます。今度の介入は、果たして適正だったと言い切れるのでしょうか。さきに記した幾つかの疑問が、アタマをもたげてきます。輸出業界支援とすれば、少々度が過ぎてはいまいか。これほどの巨額を投入するならば、他の用途、方策があるのではないか。
  10月初めに、流通企業の今年度の中間決算が発表され、大震災の影響が見込みより小さく、各紙の「消費の底流、力強い」との見出しが印象的でした。何といってもGDPの主力は内需=国内消費です。コンビニの売り上げが大幅増収、女性や高齢者客が増えたのは、地域の需要、必需品の売り上げが活気づいている表れです。輸出大企業が海外拠点を増強し国内が空洞化すれば、モノづくりも技術も弱体化します。雇用問題も一層深刻化するでしょう。それらを防いで、輸出だけに頼らず、国内需要を刺激して産業活性化を計ることがなぜできないのでしょうか。
  もう一つの重要な数字は? 昨年の世界貿易額は、年間14兆9753億ドルでした。一方、外国為替取引額は1日に4兆ドル!。わずか3〜4日間の為替取引額が、世界の貿易額全体の1年分に相当する! 1年前にも投機マネーの暗躍にふれましたが、円が安全だ、高くなりそうだ、とみれば、円買いに走る。そんな暴挙を許せない。そのためには、国際協調、公正なルールづくりが早急に求められます。
  今回の為替介入のタイミングは、新高値に水を浴びせ、1ドル=79円にまで落としたのですから評価するにやぶさかではないけれど、やがてまた75、6円に戻ってしまわないか。欧米ともに政治・経済混迷の最中で無理は承知でも、日本単独でない、国際的な協調介入ができれば多数国が揃って難事に当たる姿勢が示せたろうに、と悔やまれます。国際的な共同行動は、次のステップとして、投機規制に動く可能性を生み出すではないかと思うからです。

現に、日本の為替介入は今年3度目ですが、初回の3月18日には日米欧7ヵ国(G7)が、日本の呼び掛けで円高を抑えるため協調介入に踏み切ったのでした。前回はユーロ安是正が狙いで、円高を阻止する協調介入は95年8月以来です。なぜ3月に協調介入ができたのか。大震災直後でしたから、日本の企業や機関投資家が、手元資金を増やそうと、海外資産を売って円に交換するという思惑が市場に走って、円が急騰したからでした。日本は約1ヵ月に約7千億円、G7全体でも1兆円規模の投入で成果は上々。外為市場での1日の円とドル取引規模は50兆円程度と見られますので、小さい介入額でも相場を動かし得たことになります。
  外為市場への対応に国際協調がいかに大事かの実例みたいですが、さて、過日の単独介入について、財務相がブ(撫)然として記者会見で述べた表現と内容を思い浮かべながら、取りあえず、10兆円規模の「史上最大の作戦」の成り行きを注視したいと思います。

 (11月14日記。国際サブロー)

このページの先頭へ
2011.10.14   サロン便り第44号
pdf
(169KB)
   
  毎週土曜日、夕方6時から放映のNHK・1チャンネル「海外ネット」はご存じですか。私の好きな番組、というより見たい番組の一つというべきでしょうか。ナマの海外ニュースは随時見たり聴いたりできても、最新の幾つかの出来事や社会の動きを取りまとめ、簡明な解説づきで紹介する45分の番組は、これしかないのではないか。諸外国のニュース報道はBSで視聴できますし、例えば有力国の大統領選とか中東の政変など、特定の情勢や動向の解説、座談会等は放映されれば見聞きしますが、毎週定時に組まれる「海外ネット」のような企画は、ほかのチャンネルでは難しいでしょう。途上諸国の動きが多いのも私には魅力です。
 10月1日の土曜は、最初のテーマが「韓国で増加するシングル族」でした。日本より家族制度が強靭と思われる韓国でも、若い女性のシングルが急増している現況を、映像や、統計入り解説で知りました。インタビューに出た女性は「結婚はしたいが、今の仕事の満足度やプライドが結婚して損なわれるのは困る」と答えていました。結婚したくないのではない、現状を変えたくないとの気持ちが、両親や周囲をも納得させているのか。そんな現象に即して、スーパーや商店の品物も小口、少量に変わってきたと、映像が店先の現状を紹介していました。

それは韓国での話。日本ではどうでしょう。経済、社会の発展も若い女性の意識も、はるかに先行しているのではないか。−−そう、実はその通り。少子・高齢化が予想の速度を超えて進行し、通称「シングル経済」が活気を呈しています。日経新聞の連載「膨らむシングル経済」(8月1〜3日付朝刊)や雑誌の記事を参考にしながら、シングル経済の現況や商いの変化、高齢化の現実にも良い影響を及ぼしている事例を見ていきましょう。

時々、近在のスーパーを主に、家内の買い物に同行していますが、男性の高齢者単独の客が増えたなと感じます。店内での動き方や買いぶりから、奥さんに頼まれてきたのでない、きっと単身者に違いないと想定できます。私が現住する地域には、都心から離れた広大な住宅団地二つが並立し、すでに核家族化、高齢化が目立つと聞いています。そうなっても、夫妻ともに健在であれば幸いですが、一方が先立つ例が、ご近所や広く私たちの友人の間にも現れつつあり、世間ではよく「お一人様」が増えてきたといわれます。片親だけになっても、息子や娘たちが合流や回帰をしないと、スーパーで私が感じている変化も、やむを得ない情景かと思われます。
 先頃、ある新聞に載った「老後は子や孫と同居したいですか」とのアンケートの結果が、「はい」34%「いいえ」66%。内容、理由など詳細は割愛しますが、親御さんでさえ否定的な答えが3分の2ですから、今後もいわば非同居=お一人様増加の方向に進んでいくことでしょう。
 大学進学率の向上など単身世帯が増えていく傾向は以前から予測されていました。だが、学生層だけではなく、年齢層も広い範囲で、1人で生活する単身世帯が増えています。2010年の国勢調査で1588万世帯。全世帯に占める割合は初めて3割を超え、夫婦と子供で構成する「標準世帯」をも上回りました。こうも1人世帯が増えれば、経済の姿が変わるのは、むしろ当然といえます。

幾つかの実例を、上述の記事から拾い上げて記しますと;
 創業55年、東京23区を中心にクリーニング店140店を展開する足立区に本社があるK社。今年からこれまでの店名から「クリーニング」を外し、新たに事業の柱として、衣料品などの保管サービスを始めました。クリーニング料金と同額の支払いで最長7ヶ月間、温度と湿度一定の専用倉庫で保管しています。地盤である都内の単身世帯の割合はもちろん全国でトップの45%。ワンルームマンションなどでクローゼットが狭いとの声を汲み上げ、4月に始めたこのサービスに、3ヵ月で7万2千の注文が集まり、クリーニング市場が縮むなか、生き残りをかけているとのことです。
 大手コンビニのS社は、東京と神奈川の180店舗で、個人宅の家事代行サービスを始めています。キッチンや浴室などの洗浄、布団の洗濯などを専門業者を通じて提供しています。単身世帯が増えれば近くのコンビニの存在意義は高まるといいます。
 人口が減れば国内消費は縮小するというこれまでの常識ですが、未婚・晩婚化や同居率低下により世帯数が増えれば、シングル経済は成長の一途という見方が出てきています。品川区の不動産調査会社K社では、昨10年の東京23区の新築マンション分譲戸数は、01年の3万7千戸から2万3千戸にまで落ち込んだが、専有面積が30〜60平米の「コンパクトマンション」に限ると、5100戸から6000戸強に増え、分譲戸数全体に占める割合は、01年の13.7%から29.0%にまで上昇したといわれます。
 単身の拡大で伸びているのが白物家電という話。テレビ各社も放映していますので、ご存じの方は少なくないと思います。冷蔵庫では、06年の出荷台数428万台だったのに、10年度は444万台に拡大。中野区に本社がある調査会社G社によると、単身世帯に利用が多い中型冷蔵庫(容量251〜350リットル)の販売台数全体に占める割合が、10年度に13.2%と06年度から5ポイント上がったそうです。
 洗濯機の出荷台数も01年度の408万台から10年度に466万台にまで増え、大手のP社が4月に発売した小型の洗濯乾燥機「プチドラム」の売れ行きも計画を3割上回るなど、メーカー各社も単身者を想定した商品開発に力を入れていると報じています。
 数の力で新しい市場を作り出す動きもあります。まとめ買いによるお得な買い物がしにくい大多数の単身者の購買力を束ね、割引サービスを提供するクーポン共同購入ビジネスが成長組といわれます。クーポンの共同購入とは?設定された時間内に一定の人数が集まり、外食や旅行などのクーポンを購入することで割引を受ける方式とか。そもそもアメリカで始まったサービス。割引率が大きく人気を集めているそうで、昨年から日本でも始まり、市場規模が1年で30億円を突破したとのこと。

話題を変えて、宅配牛乳が顧客宅を訪ねて商品を手渡しするサービスについて。通常の宅配は、拙宅にも週2回、玄関先に置かれた箱にヨーグルトを届けてきますが、長岡市に本社があるM社では、宅配員が日中に配達に回り、届け先の要望を聞き、コメや日用品なども届ける「ご用聞き」を兼ねています。高齢者の顧客と言葉を交わして、いわば「見守り役」も果たすという親切サービス。東京の多摩ニュータウンにまで顧客を広げ、91歳のお年寄りが、週に2回の女性宅配員来訪を楽しみにしているという記事を読みました。
 2000年に新潟県で開業し、今は1都6県に約3万2千人の顧客を抱えているそうです。しかもその6割が65歳以上の高齢者で、独居も多い。「自宅に商品が届く便利さと安心から高齢者の利用が多い」とは社長の弁。昨10年の国勢調査で、お一人様の高齢者は457万7千人と、30年前の5倍超。高齢者全体に占める割合は、95年の12.1%から10年には15.6%に増え、これからも増える傾向はまず間違いなさそう。地域とのつながりが薄い都市部では、高齢者の孤立を防ぐ安全ネットとしての民間サービスの役割はますます注目されます。
 安否確認サービスでは、東京ガスやセコムが手掛けているほか、アメリカのGEまで参入する方針といわれます。三菱総合研究所の試算では、高齢者向け生活関連サービス市場は、30年に9兆円と、10年比5割伸びるとされています。
 今春、世田谷区の自宅の2階を女子学生2人に貸して同居生活を始めた67歳の女性の記事もありました。子供が結婚し、同居していた母親が他界して、1人住まいになって持て余していた2階建ての1軒家。学生は閑静な住宅地の部屋を比較的安く借りることができ、双方のニーズが合致した住まい方の好例でしょう。仲介したのは区内のNPO法人。「人の気配を感じながら暮らすのは、高齢者に安心をもたらす」とコメントしています。家主の女性も「3.11大震災の当日、早く帰ってきてくれて心強かった」と。

ファミリーレストランの変容ぶりには驚きました。家族や友人同士で楽しんでいたのが、最大手のスカイラークが、甲府市の店舗を1人利用が多い丼店に変えたとは。
 東京の上野の焼き肉店でも、午後9時過ぎの店内が静まり返っているので入ってみたら…。席は会社員やOLで埋まっていたが、テーブルは1人づつ背の高い仕切りで区切られ、隣の席の顔も見えず、目の前の壁に向かって黙々と箸をうごかすだけ。お客が高齢のおじさんなら分からないでもないけれど、時間帯がちがいますね。

単身者の生活環境は快適さを増し便利にはなっても、未婚、晩婚化が加速するのはなぜでしょうか。若い人たちの独身志向が、冒頭に記した韓国でのシングル族の意識に通じるだけではないのでは?。内閣府によると、20〜30歳代の未婚者のうち、将来結婚したいと考えている人の割合は、男性で83%女性は90%にも上るそうです。東日本大震災以降、1人でいる不安から、結婚に向けた「婚活」が勢いづいているといわれ、ヤフー運営の結婚仲介サイト「ヤフーお見合い」の登録者は急増中とか。利用料が、専業の仲介サービスより割安なのだそうです。
 しかし雇用、所得環境の悪化は深刻で、さまざまな報道が結婚可否の分岐ラインとする「年収300万円のカベ」がなかなか破れません。最近も、日経新聞(8月5日朝刊)の大見出しに「大卒2割 定職なし」、黒地白抜きの中見出しに「今春、2年連続10万人超」との記事を見ました。過去10年の大卒者の状況一覧図表には「就職も進学もしていない」が多く、アルバイトやパート従業者さえも、その2割にさえ届かない深刻な事態が載っていました。

シングル経済の活況は社会の現実を反映しています。それなりに理解し評価はしても、裏返していえば、本来の経済発展から逸れた、それぞれの業界や企業の、良くいえば知恵比べ、一般には苦肉の策という一面を示しています。また、違った言い方になりますが、一種の「生きもの」である経済、社会が、何としても苦境を切り開きながら前進せざるを得ない活力を持っていることを教えてくれているのではないか、と考えています。

(10月7日記。国際サブロー)

このページの先頭へ
2011.09.24   サロン便り第43号
pdf
(174KB)
   
  電気自動車や薄型テレビなどハイテク製品を作るのに欠かせないという「レアアース」。近年、新聞やテレビにかなり大きい見出しや映像で、レアアースのニュースが登場します。ひと頃、中国との間で商談、貿易面でもめていました。ハイテク製品の開発関係者や資源確保に動く商社員、研究職の方々には数十年前からお馴染みでも、フツーの勤労者や市民、おじさん・おばさんは、ハイテク製品の恩恵に浴してはいても、「レアアースとは何か」、その正体?はほとんど知りません。見たこともない。日本語でいうと「希土類元素」だって? ますます分からない。
  そこで今回は、レアアースの話をわかりやすく説明し、現況や将来の展望などをお話していこうと思います。難しく考えずに、先行き明るそうとの期待感も持ちながらお読みください。

まず、レアアースの意味から。「レア(rare)」は英語で「希少な」。「アース(earth)」は定冠詞theが付けば「地球」ですが、それだけなら「土」「地面」。「希土類」と訳すのはそのためですが、どんな希少価値があるか、2語くっつけてもピンとこなければ邦語訳は忘れて、じかにレアアースでいきましょう。「レア」っていうと、食通の諸兄姉は、肉の生焼きを思い出すかも。rare とかwell-doneとかの。spellingは同じでも語源が違い関係なし。英語学者の友人によると、レアアースのrareはもとはラテン語で、フランス語も同じ。rare beef のrareはゲルマン系の語で来歴が異なる由。ご参考までに。

さて、レアアースとは? 単行本はもちろん新聞・雑誌の解説はほとんど「レアメタル(希少金属)の一種で…」から始まります。延々と金属の話からレアアースにたどり着くのもあり、レアメタルが主役の観。ズバリ見出しどおりにレアアースの話ができないか。
  いろいろと資料を当たり比較して、日経新聞のサイエンス欄に載った記事「レアアースの科学(上・下)」(2010-11-14、11-21)から引用していくと;−「約120種類ある元素のうち、溶液などに入れると、電子が3個抜けたプラス3のイオンになりやすい元素(第3族)」との前置き。化学の領域のことでわかりにくければ、土や泥の中から見つかる軽い元素群くらいに考えて次に進むと、「レアアースが最初に発見されたのは1794年。スウェーデンの小さな村で見つかり、その後性質が似ている元素が複数見つかって地球上の埋蔵量は少ないと見られ、レアアースと呼ばれるようになった」。「最も軽い元素(電子が少ない)のスカンジウムから、電子の数が増えることで種類が異なり、最も重いルテチウムまで全部で17元素ある」。何となく分かってきたように思われませんか? 17を数える軽い元素の一括、総称なのです。
  最初の発見がスウェーデンでとの話でわき道に逸れますが、朝日新聞の科学欄に「レアアース 北欧に古里」という記事(2011-7-4付)が載りました。4つの元素名の由来となった町が首都ストックホルム近郊にある、と報じています。今年は「世界化学年」! ノーベル化学賞を昨年12月に共同受賞した根岸英一さんが関連行事の合間を縫って現地を訪ねました。7元素が発見されたイッテルピー鉱山の話が面白く詳しく記されています。関心ある方々は、図書館等でぜひご一覧ください。

日経「レアアースの科学」の解説記事をさらに続けると、「よく比較されるレアメタル(希少金属)は単に埋蔵量が少ないという意味で、科学的な分類ではありません。経済産業省はレアアースを含めた47元素をレアメタルと指定していますが、実際には少なくないレアアースもあり、レアメタルに含めることに異論も出ている」のだそうです。
  鉄や銅、亜鉛やアルミニウムといった金属は、私たちの周りに多く見られ、「ベースメタル」と呼ばれます。「レアメタル」は「希少金属」というけれど、量が少ないとは限らない。一般に、(1)存在量が少ない;(2)産出地が特定国に偏在している;(3)鉱石の採掘や鉱石から単体金属を分離抽出するのが容易でない;など供給面に制約があり、しかも(4)工業利用に有用な金属を指します。確かに、レアアースはレアメタルの一部です。上記の通り、経産省の鉱業審査会に置かれる「レアメタル総合対策特別小委員会」で、現に工業用需要があり今後も需要があるものと、今後の技術革新に伴い新たな需要が予測されるものに限定して、元素の周期表の順にいえば、リチウム、ベリリウム、ホウ素、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、コバルト、ニッケル等々、31鉱種をレアメタルと定義しています。その中で、レアアースは、17鉱種を総括して1鉱種に入っています。ですから通常、レアメタルといえば、全31鉱種47元素を指すことになります。少々ややこしいけれど、レアアース、そしてレアメタルとの関係、関連は分かっていただけたと考え、肝心のレアアースの効用、働きぶりに話を移します。レアアースの本質について、です。
 
  レアアースを鉄に混ぜると磁石の力が強くなるのはよく知られています。ネオジムを使った磁石は「最強の永久磁石」と呼ばれるそうで、磁石の重さの880倍もの鉄を持ち上げる力があるといわれます。魔力を出すような、すごい価値があります。また、磁石は温度が上がると磁力が低下するけれど、ジスプロジウムを添加すると、高温でも磁力を保持することができます。強磁性、耐湿性に優れているため、パソコンのハードディスクや、携帯電話等の小型で高性能のモーターに使われています。
  小型モーターの例を、日常的な面でいうと、いま記した携帯電話。マナーモードでぶるぶる震える振動モーターに使われています。日常面でいえば、液晶テレビは、レアアースを使った研磨剤でガラスの基盤を磨いています。また、私たちが知らない場所でも、紙幣のインキに混ぜられ、偽札を見分けるのに役立っている由で、日本でだけの利用法です。
  そもそもレアメタルの用途が、大きく分けて構造材への添加、電子材料・磁性材料、機能性材料に3分類され、鉄、銅、アルミニウムなどのベースメタルに添加して合金を作り、強度や粘りを増したり、錆びにくくしたりすることができます。代表的なものに、鉄鋼に数種のレアメタルを添加して作られる特殊鋼が挙げられます。この用途には、レアメタルのニッケル、クロム、マンガン、モリブデン、タングステン、コバルト、バナジウムなどが使われ、耐触性、耐熱性、耐摩耗性、高張力といった特性を発揮しています。レアアースはレアメタルの1種ですから、基本的にはレアメタルの特性と同じく、それぞれが持つ特性が、上述したように、特にハイテクに広く活用され、性能発揮、製品の効果に欠かせなくなっています。
  レアアースはハイテクの調味料、というキャッチフレーズがあります。材料にほんの少々混ぜるだけで材料が持つ本来の性質を一変させてしまうからです。モーター向けの磁石では、ネオジムなどが主成分のため大量に使うけれど、照明や磁気記録に使う材料では、全体の数%しかレアアースを含みません。しかし、レアアースを入れないと、性能が向上できず製品化できない結果になります。
 
  となると、レアアースは実に貴重な資源。ハイテクで世界を凌駕するには常時確保が不可欠ですが、人工的に製造できないならば産出国から買うしかありません。その商談相手はほとんど中国です。
  2009年の統計(ミネラル・コモディティ・サマリーズ 2010年版)で、埋蔵量も中国が36.4%、旧ソ連の独立国家共同体=CISの19.2%、米国 13.1%の順位ですが、生産量は、中国がなんと 96.8%で断トツ。続くインド 2.2%です。経産省によると、中国が生産を始めたのは1980年代半ば。90年代半ばまで米国が首位に立つことが多かったけれど、中国が低コストを武器に一気に拡大しました。環境対策を立てずに有害の可能性がある化学物質を扱えば、安く採れて当たり前。負けた米国は生産を止めてしまったそうです。
  「一人勝ち」の中国はレアアースの輸出に様々な規制をかけ、市場価格を支配しているのが現状です。ちょうど1年前には尖閣諸島での漁船衝突事件が起き、日中関係がギクシャクし、中国が日本向けレアアース禁輸という経済カードを切ったと報道されました。その後、日中関係は緊張から徐々に緩和され、輸出のトビラも開いてはいるものの、中国の規制はレアメタル全体にわたって今も続いています。日本は「脱中国」の立場からモンゴルやベトナムなどと共同開発の交渉を進めていますが、すぐに産出成果が出るはずもない。ハイテクの重要資源をめぐり、欧・米・中国自身も加わる資源確保・獲得競争は激化の一途で、レアメタル全体の価格高騰は避けられません。かつて敗れた米国も、中国の輸出制限と需要の高まりを好機とみて、レアアース休止鉱山が復活したとのこと。資源会社が開発を急ぐ様は、まるで「21世紀のゴールドラッシュ」だといわれているほどです。
 
  事態緊迫のさなか、太平洋にレアアースの巨大な鉱床ありのニュースが飛び出しました。7月初めに大新聞各紙が大きく報道したのは、英国の著名な科学誌『ネイチャー・ジオサイエンス』(電子版7月4日付)に載った、東京大学などの研究チームの発表です。地球上に希(まれ)にしか、発見されないレアアース(「希土類元素群」の意味が分かってきます)が深海底に大量に眠っていると。なぜ深海底に?−深海底にそびえる海底火山山脈の活動と関係あるらしい。発見者は東大大学院工学系研究科の加藤泰浩准教授たち。詳細は省略しますが、東大海洋研究所(現・大気海洋研究所)が1968年から84年にかけて、太平洋各地27ヵ所の深海底で採取した柱状の堆積物に含まれる元素の種類と濃度を調べ、海底から深さ1メートルおきに取り出した全部で456個の試料を分析した結果、ハワイやタヒチ付近の広い範囲の深海底堆積物中に、レアアースが高濃度で分布している様子が浮かび上がったといいます。
  推定埋蔵量が陸地の800倍というから、すごい量です。レアアースは泥か土かという中から採取されることを考えると、太い管で吸い取れれば、資源として利用できるコストはそう莫大ではないでしょう。むしろ公海の資源となると国際管理を必要とし、1994年設立の国際組織「国際海底機構」の国際管理の役割、機能、調整などが大きい課題です。
  国際海洋法条約が定める領海は12カイリ(1カイリは緯度1分に相当する1852メートル。12カイリは約22キロ)、その外側の海域、海岸線から200カイリ(約370キロ)の排他的経済水域(EEZ)内であれば、海の資源は優先的に確保できます。離島が多い日本は、領海とEEZを合わせた広さが、世界で6番目に広く国土面積の約12倍にもなります。レアアースがこの範囲内で採集できれば願ったり叶ったりですが…。まずは国際協調の方向で、米・中をも含む諸国と、資源の確保、有効活用を合理的、平和的に進めてほしいと思います。
 
  9月早々、「レアアースしのぐ新材料」という小ぶりの新聞記事に目がとまりました。文科省が2012年度に、産学官の一線が集う研究所を全国4ヵ所に新設し、レアアースをしのぐ材料開発に乗り出すというのです。10年先までの研究費を約束して、常識を覆す材料の実用化を目指す、仮称「新・元素戦略プロジェクト」。政変直後でもあり、うまく育っていくか、静かに注目していきましょう。

(9月20日記。国際サブロー)

このページの先頭へ
2011.08.29   サロン便り第42号
pdf
(165KB)
   
  「日本の電力・民営の成り立ち」の話・後編に入ります。テキストは前回紹介した日経紙上の『やさしい経済学』一橋大学教授・橘川武郎さんの連載記事です。

9電力の黄金時代
  1951年(昭和26年)に電力事業再編成によってできた9電力各社は、50年代後半から70年代初めにかけての日本経済の高度成長期に「低廉で安定的な電気供給」を実現しました。55〜73年に、東京都区部の消費者物価指数は2.4倍になりましたが、東京電力の電灯総合単価は1.2倍にとどまりました。この時期は、民間電力会社が企業努力を重ねて、安価で安定的な電気の供給という公益的課題を達成し、日本の電力業の歴史の中で、特筆すべき「黄金時代」といえます。なぜ高度成長期に、民営公益事業方式が大きい成果を上げ得たのか。その理由として、橘川氏は次の2点を上げています。
  第1は、後の時代と違って、官と民との間に相当の緊張関係があったこと。この時代は、電力の国家管理を復活しようともくろむ政府と、民営9電力体制の定着を目指す民間電力会社とが、官営か民営かをめぐってツバ競り合いを繰り広げました。戦前の電力事業法が1950年に廃止され、戦後の新しい電気事業法が制定された64年まで、14年間もの空白が生じましたが、経営形態をめぐる対立が深刻だったからです。政府は特殊法人の電源開発を設立し、佐久間ダムを建設して官営の優位を誇示しました。対抗して9電力の一角を占める関西電力が、単独で黒部川第四発電所を建設し、民間でも大規模ダム開発ができることを示しました。
  両者の対立は、結局は、民間電力会社側が、経済性の観点から、電源開発を水力中心から火力中心に転じ、主要な火力発電用の燃料を石炭から石油に変えて、勝利をおさめました。水力中心に固執し、火力では石炭に傾斜した政府側は敗北でした。この結果、64年制定の新電気事業法では、民営9電力体制が認められました。
  民間公益事業方式が成果を上げた第2の理由は、市場独占が保証されていたにもかかわらず、9電力各社が活発に合理化競争を展開したからです。50年代後半から70年代初めのこの時期は、その前・後と異なり、電気料金の改定が9社いっせいではなく各社ばらばらで、他社より少しでも長く値上げをしないですむようにと、各社が競い合って経営合理化に取り組みました。その結果、電源の大容量化、火力発電の熱効率向上、火力発電用燃料の油主炭従化、火力発電所の無人化、送配電損失率の低下などが急速に進みました。
  橘川氏は、この時期の9電力会社は、民間活力を大いに発揮して「お役所のような存在」ではなかった、と述べています。

石油危機の影響
  1973年(昭和48年)に起きたオイルショック(第1次石油危機)は、日本経済の高度成長だけでなく、9電力体制の「黄金時代」をも終わらせました。「黄金時代」を支えた政府と9電力間の緊張関係、各社間の合理化競争のいずれもが消滅し、電力業界が新局面に入ったからです。
  政府と9電力会社間の距離は、電力施設立地難の深刻化と、原子力開発の重点化という2つの事情から、一転して近くならざるを得なくなりました。すでに70年代に入ると産業公害が大きい社会問題となり、その影響で、電力関連施設をめぐる立地難がきびしくなりました。電力会社だけでは克服できず、行政への依存を強め、立地難を緩和しようとしました。電源開発促進税法など電源3法が74年に施工され、発電所を受け入れた自治体には、交付金が流れるようになります。
  原子力政策も政府と9電力間との距離を縮めるうえで大きい意味がありました。「安定的な電力供給」を最重要課題に掲げた9電力会社は、オイルショック時の石油輸入の途絶に危機感をつのらせ、原子力開発に全力を挙げるようになりました。電源構成に占める石油火力の比率は、2009年では8%でしたが、73年の比率は73パーセントに達して過度の石油依存でしたから、高依存率からの脱却が必要でした。
  一方、9電力が推進し始めた原子力開発は、スムーズに進行したのではありません。この頃には、原子力発電の安全性に対する不安感が、国民に強く広がっていました。十分な国民的コンセンサスが得られない状況下で原子力開発を進めることになった9電力会社は、政府の強力な支援を必要としました。この脈絡で、原子力政策が政府と9電力との間の距離を縮める意味合いを持ちました。
  また、原油価格の急騰で、9電力会社は、74年から80年にかけて電気料金を3回にわたり大幅値上げしました。74年以降、各社は料金改定に際して、横並びでいっせいに行動するように変わりました。電力業界のカルテル的傾向は強まり、以前に作用していた「値上げ回避のための合理化競争」のメカニズムは消滅しました。安定供給至上主義が浸透する一方で電気料金は上昇し、「低廉な電気供給」は過去のものとなりました。電力会社は「お役所のような存在」に変容し、民間活力が後退しました。90年代半ばから始まる電力自由化を必然化する状況が形成されていったといえます。その話は、末尾に記します。

原発の光と影
  橘川氏は、次に「原発の光と影」の1章を記述しています。私見は脇に置いて、同氏の記述をもとに、以下に、この章の要点を書き続けていくことにします。
  日本の原子力発電のスタートは、1950年代半ばのこと。55年(昭和30年)に原子力基本法など原子力3法が成立しました。当時は、電力業の経営形態をめぐって政府と電力会社との間に対立も見られたけれど、原子力発電(以下「原発」と記します)に関しては、初めから官民協調が成立していました。
  今日までの原発の歩みは、(1)国民的期待を受けてのスタート(55〜73年)、(2)原子力大規模開発と国論の分裂(74〜85年)、(3)国策民営方式による調整(86〜2002年)、(4)原子力ルネサンスと政策的支援(03〜10年)、(5)福島第1原発事故以後(2011年)という5つの時期に分けてとらえることができます。
  (1)の時期は、原発が「夢のエネルギー」として期待を集めた特有の事情がありました。当時は国内炭の減退によるエネルギーの自給率の低下が不安視され、原料のウランを輸入するものの、それを長期にわたり使用することができる原子力が、準国産エネルギーと見なされ期待が高まったのでした。オイルショック直後の(2)の時期には、「脱石油の切り札」とされた原発の必要性が高まり、数多くの原発が建設されました。しかしこの時期は、原子力船「むつ」の事故や米国のスリーマイル島原発事故などが起き、原子力利用の危険性に対する認識が高まり、原発をめぐる国論が二分されるに至りました。
  86年(昭和61年)の旧ソ連チェルノブイリ原発事故は、原発の危険性を世界に示しました。日本の国内でも高まった「脱原発」の声に対抗して原子力開発を進めるには、「国策」であると前面に押し出さざるを得ませんでした。(3)の時期には国策民営方式による調整が本格化しました。難しさを増した原発の立地を進めるために、地元の説得に当たっては、「国策」であるからと特に強調せざるを得なくなりました。
  (4)の時期には、石油、石炭、天然ガスなど化石燃料の価格高騰、地球温暖化問題への危機感の高まりなどを背景に、原発の再評価が世界的に進む「原子力ルネサンス」が国際的な潮流に現れました。技術的、経済的な理由で再生可能エネルギーの普及が遅れるなかで、原子力は二酸化炭素を排出しない「最強のゼロエミッション電源」とみなされました。しかし、(5)福島第1原発事故を契機として、その流れは変わろうとしています。
  こう振り返ってみると、原発の歩みには、光と影が幾度も交錯し、原発のこれからを決めていくには、原発を即刻ゼロにできにくい現況も考慮に入れ、危険性と必要性の双方を直視して、冷静な議論が求められます。
  「原発の光と影」はここで締めくくり。以下に関連する問題、課題を記していきます。

国策民営の矛盾
 日本の原発事業は、民間9会社によって営まれながら、「国策」による支援=国家の介入が必要不可欠という矛盾を抱えています。前述した事情は、原発立地が電力会社単独ではできず、電源3法の枠組みなしでは不可能ということでした。この枠組みとは、電気料金に含まれた電源開発促進税を政府が民間電力会社から徴収し、それを財源にした交付金を立地に協力した自治体に支給する仕組みです。
  ずっと深刻なのは、使用済み核燃料の処理。「バックエンド問題」と呼びます。リサイクル(再処理)するにせよ、ワンススルー(直接処分)するにせよ、国家の介入なしでは実行不能です。日本政府はリサイクル路線を採用していますが、核不拡散政策との整合性を図る必要があり、それは市場メカニズムとは別次元の政治的・軍事的事柄です。
  さらに、実際に起きた福島第1原発の事故では、最重要の非常事態発生時の危機管理についてさえ、民間電力会社だけでは対応できないことが明白になりました。自衛隊、消防、警察、そして米軍までもが1〜4号機の冷却のために出動せざるを得ませんでした。
  現行の「国策民営方式」の大きい問題点は、原発をめぐって、国と民間電力会社との間に持たれ合いが生じ、両者間の責任の所在が不明確になってしまっていることです。
  エネルギー政策のあり方として、「国策」がどうなるか、現時点では不明ですが、少なくとも国策民営の矛盾は速やかに解決を計るべき事柄です。橘川氏は、電力各社が、国策の支援が必要不可欠な原発事業を、経営から引き離す方が、よい意味で私企業性を取り戻し、民間活力を発揮することができるのではないかと述べています。その上で、9電力中最大の東京電力でさえ、いったん重大事故を起こせば経営破綻の瀬戸際に立たされる現実を見れば、民間電力会社の株主(場合によっては経営者)の中から、リスクマネジメントの観点で、原発事業を分離しようという声が上がっても不思議ではない、と結んでいます。

全面自由化は頓挫か 
  終章の「残された課題」の中で、橘川氏は、オイルショック後の時期にも「安定的な電気供給」は確保されたけれど、「低廉」が難しくなり、1980年代半ばに石油価格が下がり為替市場で円高が進んでも、電気料金が高止まりしていると批判が集中した経過を取り上げています。批判を浴びた電力業界が95年(平成7年)から実施したのが電力自由化です。専門的な内容は省きますが、2008年までに4次にわたって遂行され、新規参入や事業間競争ができる重要分野が徐々に拡大中です。その過程で電気料金は低下し、95年度から2005年度の間に約18%下がりました。しかし家庭分野にまで広げる「全面自由化」は見送られ、自由化の分野は需要全体の6割にとどまります。また、電気事業者間の地域を超えた競争は、わずか1件しか起きていません。日本の電力自由化は、道半ばで頓挫の現状です。
  例の「計画停電」で、非常時に北海道から九州まで必要な規模の電力融通にする声が強まりました。それを可能にするには、すでに述べた東と西の周波数の違いを変換する装置や、同じ50ヘルツ同士でも、交流をいったん直流に変え、再び交流に戻すため脆弱な北海道・東北間の連系線を抜本的に拡充し強化する必要があります。周波数変換装置や、この連系線拡充ができれば、電力会社間競争が現実味を増します。
  競争が本格化すれば、電力の需要家にとって有益であるばかりか、長い目で見れば、電力各社にとっても競争がプラスに作用します。電力各社が個性を発揮して切磋琢磨すれば、民間活力は必ず向上します。日本の電力業が長年採用してきた「民営公益事業方式」が光を取り戻し、本来の力を発揮するには、電力会社間競争が大きな意味を持っています。

(8月25日記。国際サブロー)

このページの先頭へ
2011.08.22   サロン便り第41号
pdf
(164KB)
   
  菅首相の退陣が決まり、正しくいえば内閣総辞職が近づき、次の首相に就任する民主党の新総裁選挙が予定されています。菅首相の発言がどうだったにせよ、東日本大震災で起きた福島第一原発の大事故で原発の危険、放射能拡散が明白になり、脱原発の動きが各地に起きています。日本のエネルギー政策の見直しは必至です。
  全国9電力の地域独占の現状はどうなる?存続か、解体、再編か。電力の国家管理や発電と送電・配電を分離する発送電構想や、各様の論議が予想され、その当否、得失が明らかになってくると思われます。電力問題は、産業にも自治体にも、また当然、家庭生活にも重要な関心事です。大震災への対応と今後の復興に最大の課題の一つといえます。

そこで今回は、かねて考えてきた予定を急きょ変更し、国家管理や発送電も経験してきた日本の電力業、民営の歴史を、この際再学習して知っておこう、経験しながら現状に至ったのはなぜかを考えてみようと思い立ちました。知ってるようで実はよく知らなかったことは、世の中にはよくあること。私自身もその一人です。「日本の電力・民営の成り立ち」が今回のテーマです。
  テキストに活用したのは、一橋大学教授・橘川武郎(きっかわ・たけお)さんが日経新聞『やさしい経済学』に書かれた上記テーマ名の連載記事です。同氏は51年生まれ、東大経済学博士。専門は日本経営史、エネルギー産業論。なお、紙面に記された長い連載記事を、読みほぐし書きほぐし、要点を選んで平易に記しますので、文責は当然私にあります。

電力会社の始まり
  日本で初の電力会社は、1883年(明治16年)設立の東京電灯でした。19世紀末近く、約130年前の話。今の東京電力の前身です。社名は祖父母から聞いたことがあり、大古参の先輩から酒席で「東京デントー」の昔話を聞かされた記憶が今も残っています。
  橘川氏は、日本の電力業128年の歴史を、3つの時代に大きく区分して話を進めています。第1に、1883年から1939年(昭和14年)3月まで。民有民営の多数の電力会社が主な存在で、それに地方公共団体が所有・経営する公営電気事業が部分的に併存した時代です。なぜ56年も長く続いたのでしょう? 橘川氏はここでは特にふれてはいませんが…。
  思うに、明治、大正、昭和前期の日本は、日露戦争(1904〜5年)、関東大震災(1923年)、大恐慌(1929〜33年)等の大事件を経ながらも、近代社会の成長・発展期にあったはずです。緩やかながら人口増や都市化に伴い、各地、各方面の電力需要が上昇し、それらに応じて経済、企業の活動が比較的自由に競争し合ったのではないでしょうか。詳しくは後ほど記します。

国家管理は一時的
  次の第2の時代は、1939年4月から51年(昭和26年)4月まで。民有国営の日本発送電と配電会社9社が、それぞれ発電送電事業と配電(小売り)事業を独占した電力国家管理の時代です。太平洋戦争=第2次大戦の戦中から戦後に至る特異な時期に当たります。
  そして第3が、1951年5月以降、今日に至る時代です。民有民営、発・送・配電の一貫経営、地域独占を特徴とする電力会社9社を軸にして、地方公共団体が所有・経営する公営電気事業、電源開発、日本原子力発電なども一端を担う9電力体制が確立しました。1988年(昭和53年)の沖縄電力民営化以降は10電力体制になっています。今年は、9電力体制が確立して60年の節目です。
  こうみてくると、日本の電力業の歴史の大きい特色は、国家管理下に置かれた第2期の12年余を例外として、基本的に民営形態であったという点です。通信業と比較してみると、1869年の事業開始から1985年の電々公社民営化まで、ずっと政府直営ないし公社経営だったのと対照的です。橘川氏は、電力業で民営形態が支配的だった理由を3つ上げています。
  (1)明治初期に海底ケーブルが敷設された通信事業は、外資の日本市場参入が容易だったが、海外と結ぶ送電線がない電力業は、外資の脅威がなかった。(2)明治政府が国防上ないし治安維持上の観点から、電力業よりも通信業を決定的に重視した。(3)民間電力会社内に電力業経営の能力が蓄積され、幾度か試みられた電力国有化の動きを封じ込めた、といわれます。
  欧州諸国は公共性が高い電力業の国有化や公有化を選ぶ傾向が強いけれど、日本は民営方式を選び、「安価な電気の安定供給」という公益的な課題を達成するため、民有民営の電力会社の企業努力に期待して、民間活力重視型の方針を採用しました。橘川氏は、日本の電力業の歴史を評価するには、この「民営公益事業」の選択が適切であったか否かが、重要な判断基準になる、と述べています。

群雄割拠で電力戦
  さて、電力業の歴史の第1期に話を戻し、多数の電気事業者の群雄割拠はどんな状況だったか。今日の9電力横並びとはまったく異なる激しい市場競争の時代でした。今年3月、私たち東電管内では陰ウツな「計画停電」を余儀なくされました。その際に聞かされたのが、東西間の周波数の違いです。二つの有力な電力会社が、異なる外国メーカーから火力発電機を輸入しました。東京電灯はドイツのアルゲマイネ社が輸入先。このため東日本では欧州大陸の周波数50ヘルツが主流。一方、大阪電灯は米国GE系から輸入し、その影響で、西日本では米国の周波数60ヘルツが支配的になりました。
  明治時代の終わりに始まった水力発電の隆盛は世界大戦中に加速、1920年代初頭には最高潮に達し、大同電力、日本電力のような大容量水力開発と遠距離高圧送電とを結合させた卸売り主力の電力会社が台頭します。かれらは既存の小売りを主力とする東京電灯、東邦電力、宇治川電気などに電気卸売りをしてきましたが、小売りにも注力するようになります。卸売りと小売りの電力会社間の「電力戦」が激しく展開されました。
  これら5社は「5大電力」と呼ばれ、大口電力需要家を奪い合う激戦が、市場参入の圧力をかけたり、他社の領域進攻をほのめかしたり、権謀術数の極みだったといわれます。競争の結果、電気料金は低落傾向をたどりますが、電力戦はなお、1932年のカルテル組織・電気連盟成立まで続きます。

発送電は戦時中に
  戦時経済統制が本格化した第2期。民間電力会社から設備出資を受け、1939年に全国の発送電事業を一元的に管理する「日本発送電」が誕生、電力の国家管理がスタートしました。さらに43年4月には配電(小売り)事業を地域別に一元管理する配電会社9社が発足します。存在の基盤を失った民間電力会社は、一部の例外を除き解散に追い込まれました。この国家管理は、終戦後もすぐには廃止されず、51年4月まで続きました。
  電力国家管理は、当初は、周波数の全国的統一、地域間送電連係の抜本的拡充など、高い理想を掲げました。が、戦時下の資材不足もあって実現できず、むしろ日本の電力業の発展過程にとって「長い回り道」になりました。第1に、電力の国家管理は、電力業経営者の創意工夫や民間活力を封殺する結果になりました。全国一律の政策的な低料金が実施されましたが、政府の補助金によって支えられ、日本発送電と配電各社は、補助金の獲得に汲々となり経営努力に力を注がなかったのです。第2に、国家管理が水力中心主義を採ったため、電力供給の安定性や発電コストの上で問題を残しました。当時、需要のピークは冬季でした。水力発電所の大半はダム式でなく水路式でしたから、水力中心の発電方式を採るには、冬季が渇水期で、需要が減退する夏季が豊水期という重大な矛盾がありました。冬季の需要ピークに合わせて水路式の水力発電所を建設すれば、夏場に余剰電力を生み、発電コストを押し上げます。日本発送電の方式より、解散に追い込まれた民間電力会社の一部が行っていた水力・火力併用方式の方が合理的だったといえます。
  第3に、国家管理は、発送電事業と配電事業を徹底的に分断し、発送配電を一体的に運営する系統運用に混乱が生じました。それらの結果、安定的な電気供給が実現できませんでした。総括していえば、経済的にみて非合理な側面を持つ国家管理が強行されたのは、戦時統制下で国家主義的主張が強く、経済外の要因が作用した結果といわざるを得ません。

9社体制と松永案
  約12年にわたる国家管理は、1951年(昭和26年)5月に実施された電気事業再編成でピリオドを打ちます。再編成の結果、北海道から九州に至る民間電力会社9社が誕生し、9電力体制が成立しました。88年10月に沖縄電力民営化により、10電力体制となり今日まで続いています。9社体制の特徴は、(1)民営、(2)発送配電一貫経営、(3)地域別9分割、(4)独占の4点。うち(1)と(2)は、直前の国家管理体制から百八十度変わった部分、(3)の9分割の特徴は、再編の前後で同じ部分と違う部分とがあり、国家管理の時代では、配電が9社体制だったが、発送電は、前述のように日本発送電が一元管理していました。なお(4)独占の特徴は再編の前後で同じです。従って、再編成の固有の意味は、民営、発送配電一貫経営を実現した点、さらに9分割を徹底した点に求めることができます。
  ところで、この電気事業再編成は、GHQ(連合国軍司令部)の強権をバックにしたポツダム政令で実行されたため、立て役者はGHQという見方が根強かったそうです。けれども真の主役は、戦前の東邦電力の経営者だった松永安左エ門(やすざえもん)でした。松永の名前はご存じの方も多いでしょうが、日経朝刊の文化欄に『私の履歴書』を書いて(64年1月)います。古い記事で長めですが、あえて紹介すると、その中で松永は、国家管理に先立つはるか前に記述した「電力統制私見」をなぞって、全国を9地域に分け、1区域1会社主義で供給区域の独占を認め、(当時の)鉄道省が多く持っていた官・公営の火力設備も民営に移して全国的に電力の負荷率・散荷率を向上させ、料金は認可制とし、監督諮問機関として「公益事業委員会」を設置する…等々を提案しました。GHQは松永の計画、方針の一部に異論もあったけれど、おおむね主張を押し通し、彼の指導力のもとで、日本の電力業は「民営公益事業」の本道に立ち戻ったといわれています。

さてここから先は橘川氏のいう第3の時代、9電力の黄金時代に入るのですが、枚数の関係もあり、以上を「前編」として、一区切りします。やがて石油危機から原発へと踏み込み、今日の諸問題を含む「後編」は、すぐ続けて掲載を予定して記述していきます。
  どうぞ一息入れていただき、熱中症の予防に冷たいドリンクを飲んで、日本の電力事業史「後編」も、ぜひ再学習してください。

(8月19日記。国際サブロー)

 
シリーズ6:第51〜最新号はこちらから
シリーズ5:第41〜50号はこちらから
シリーズ4:第31〜40号はこちらから
シリーズ3:第21〜30号はこちらから
シリーズ2:第11〜20号はこちらから
シリーズ1:第1〜10号はこちらから
トップページ「サロン便り」一覧サロン便り(シリーズ5:第41〜最新号)